デジカメで撮影した写真って、どうすればいいのだろう? ふと、疑問に思った。そういえば、メールに添付するだけで終わっているではないか。いつもアナログ銀塩カメラでやっている次の行動がない。次の行動とは、「撮った写真をプリントして見る」である。





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浅草・雷門から浅草寺へと続く仲見世通り。初詣の人の波にもまれながらも、シャッターチャンスをうかがう。人の後頭部も見飽きた頃、前方に面白いモノを発見。「おっ、これはっ!」とすかさずシャッターを切る。予想通りの出来上がりに思わずニヤリ。手前にぶらさがっている招き猫の看板が、デジカメ特有の立体感のなさにより、山門の屋根の上にのっかっているように写ってくれた。この手の“なんちゃって合成”の写真は、まだまだ撮れそうだ。



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雷門から30分ぐらいかけて、ようやく本堂の階段まで辿り着いた。後ろから押されながらも強引に振り返ってみると、参拝客のあまりの多さにビックリ。周囲に迷惑をかけつつ、参拝客の撮影を試みる。そのまま撮るよりも太陽光線をちょこっと右上部に入れて、“ありがたみ”を表現してみた(えっ、ありがたみを感じない? おかしいなぁ……)。「すべての皆さんに幸あれ!」



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浅草寺を抜けて、花やしき方面へ。正月は休園かと思っていたら、トンデモナイっ。入口付近から、ここも人、人、人でごった返している。普段は見られない、とても珍しい光景である。「おいおい、何があるんだよ?」と少し興味はあったものの、今回は入園をあきらめ、外から花やしきのシンボル、Beeタワーを撮影する。鉄の骨組みにゴンドラが重ならないように、シャッターが切れるタイムラグを予測して撮影。1回で思うように撮れ、満足する僕。しかし、日本は電線が多いよなぁ。



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寄席でも見ようかと歩いていると、「ジュワッチ!」とウルトラマン登場。「正義の味方には正月も何も関係ないのですね。ご苦労様です」と語り掛けながら、撮影する。浅草はわけの分からないモノがいっぱいあって、スナップ写真を撮るには非常に適した場所だ。一眼レフカメラで撮影するのも良いが、小さいデジカメの方が手軽だし、気楽に撮れる。観光客に紛れてしまえば相手にも警戒されず、素直に撮影を楽しめるのもイイ感じである。



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「正月らしいモノを何か撮らないとなぁ」と辺りをキョロキョロすると、ショーウィンドウの中に獅子頭があった。「ちょっぴりベタかな」と思いながら、デジカメをガラスにピタッとくっつけ、撮影する。「ウン。雰囲気としては悪くない。いいんだよ、正月なんだから……」と自分に言い聞かせた。シャッターを押すだけでそこそこ写ってくれるデジカメでは、写真を撮るという行為を純粋に楽しめる。今年もますますデジカメにはまりそうだ。
お正月といえば浅草!


写真には、「被写体を捜す楽しさ」「撮る楽しさ」「出来上がりを見る楽しさ」があるのだが、デジカメを使うようになってから「出来上がりを見る楽しさ」を、いつの間にかパソコン上だけで済ませてしまっている。

パソコンを持っている人にはメールで写真を送ったりしているが、それ以外の人には見せてもいない。考えてみれば、これは撮らせてもらった人に失礼だし、アナログ出身の写真家としては、プリントしないのは処理が1つ終わっていないようで、なんともスッキリしない。

師匠・ドット絵職人さんと年賀状を作ったときにプリントアウトしただけで、「家で写真屋さん的なことをやりたい!」と思って買ったプリンタも使っていない。これでは宝の持ち腐れだと思い、何枚か選んで「印刷」をクリックしてみた。

「な〜んだ、これだけか。なんで今までやらなかったんだろう」

拍子抜けするくらい、簡単にプリントアウトできた。これなら知人が遊びに来ているときなど、談笑している間にプリントアウトして、すぐ渡すことも可能である。

  デジカメで写真を撮る
    ↓
  パソコンに落とす
    ↓
  プリントアウトする

面倒なことは何もなく、すべて連続してできるではないか。しかも速い。デジカメではフィルムを現像する時間がいらないので、撮ってすぐにプリントできるのだ。

「そんなことに今ごろ気づくなんて、放浪写真家はやっぱりアナログな人ね」

と笑われてしまいそうで、ほんと、恥ずかしい……でも、知らなかったんだもんっ、だぁ!

パソコンを持っていなくても、カメラ屋さんでプリントアウトできるので、皆さんにも是非やっていただきたい。「今さら言うな」ってか!

そういうわけで、年末年始は“即プリントアウト”にはまっていたのだが、正月といえばやっぱり浅草でしょ。初詣も兼ねて、お正月の雰囲気が少しでも撮れればいいなと思って出かけてみた。

雷門に到着すると、参拝客の多さにビックリ。参拝できるまでに、どのくらいかかるのかと不安になる。すると中国人らしき男の人が近づいてきて、無言で使い捨てカメラを僕に手渡した。雷門と自分を指差し、どうやら撮ってくれと言っているようである。

「こんなに人がいるのに、なんで僕? もしかして、プロって分かっちゃった?」

物凄い人がカメラの前を横切る中、一瞬のスキをついて、彼と雷門を撮影。「サンキュー」と言われて、なぜか「謝謝」と言ってしまった。

雷門から、人、人、人の波に乗り、浅草寺本堂を目指す。デジカメ片手に、思いついたものをパチリパチリ。なんだか、さっきから人の後頭部ばかりを撮っているが、デジカメはかさ張らないので、人ごみでもかなり使える。

人の後頭部にも飽き飽きしてきた頃、前方に招き猫の看板出現。その数十メートル先には山門の屋根。「もしや……」と思いつつ、撮影。

結果は予想通り、屋根の上に招き猫がのっかった写真になった。デジカメ特有の立体感のなさが、不自然極まりない合成っぽい写真になってくれ、今年の初笑い。この手のナンセンスな写真は、今後もまだまだ撮れそうだ。

本堂に近づくと人の波も最高潮になり、ほとんど先に進まない。“牛歩”という言葉を思い出す。ようやく階段まで辿り着いた時、強引に振り返り、人の波を写した。太陽光をどう入れるか吟味しながら撮影する。

本堂でお参りを済ませたあと、浅草を散策。浅草には、「何でここにあるの?」みたいなヘンテコなモノが溢れているので、スナップしていても楽しい。

“花やしき”の大賑わいぶりにも正月を感じた。せっかくだから、寄席でも見ようと思っていたのだが、立ち見が出るほど混雑していたので、今回はあきらめた。昭和のいる・こいる師匠が見られなくて、残念。

今回は、「お正月」というテーマはあったが、まるで関係ないモノもたくさん撮ってしまった。とにもかくにも、写真は撮ることが大事。シャッターを押した数だけ、感動は生まれるのである。そして、その感動はすぐにでも人に伝えられるとイイ。プリントでもメール添付でも見せることが大事。

また、写真はナマモノである。“感動”という名の鮮度があるうちに、人に伝えたい。

今年は、写真でどれだけ感動できるだろうか。


by 清水哲朗

つづく

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