多摩動物園は、親子連れでごった返していた。曜日感覚のない僕はすっかり忘れていたが、世間の人たちは連休だったのである。駐車料金1200円という大金も払ってしまったので、混んでいるのを承知で、僕は動物園のゲートをくぐった。





[写真クリックで拡大]
多摩動物公園内にある昆虫館。中に入ると、モワッとしていて異様に湿度が高かった。あまりの高温多湿にデジカメのファインダーも曇ってしまったが、花々が咲き乱れ、蝶が舞っているなど、暑いだけのことはある。花も蝶も、被写体としては申し分ないので、さっそく撮影に取り掛かる。花を画面いっぱいに撮るのではなく、右側の空間を写し込むことによって、奥行きが出た。



[写真クリックで拡大]
羽を広げると10センチ以上もある大きな蝶が、花の蜜を吸いに来た。蝶は好奇心が強いので、気になれば自分の方からやって来てくれる。蝶を撮影するときは、「追いかけずに待つ」というのも撮影テクニックの1つだ。花の写真同様、背景に空間を写し込むことによって、蝶も雰囲気良く撮れた。こんな時期に、こんな写真が撮れるなんて、動物園ってステキ。



[写真クリックで拡大]
ガラスケースの中にタイワンクツワムシを発見。ガラスの反射が激しかったので、すぐさま着ていた黒いジャンパーを頭から被る。ネズミ男みたいな姿はみっともなくて、親子連れの子供に「あの人、何やってんの?」と言われる始末。「写真撮ってんの!」と心の中でつぶやきながら、撮影続行。接写ができるマクロ機能を使って撮影してみた。



[写真クリックで拡大]
第3話で年賀状のモデルになったユキヒョウの“ヨシダ”が、もうすぐ他の動物園に引っ越してしまう。連休中だったせいもあるが、「もうすぐ、お引っ越しです」という看板の効果で、“ヨシダ”の前には、かなりの人がいた。“ヨシダ”のことをずっと見ているファンの女性もいて、ちょっぴり泣けてくる。想い出を絵のように表現したくて、“ヨシダ”の動きに合わせてシャッターを切ってみた。



[写真クリックで拡大]
ユキヒョウが飼育されているところから見える雑木林の夕暮れ。今日は日暮れまで、お客さんが絶えなかった。“ヨシダ”は、自分がもうすぐ引っ越さねばならないことに気づいているのだろうか。この雑木林は、“ヨシダ”が1994年に多摩動物公園へ来てから、おそらく毎日見ていた風景であろう。次に行く群馬サファリパークでは、どんな夕暮れを見るのだろうか。
想い出を絵のように


「あいやいや〜、参ったなぁ。どうしよう……」

冬の動物園は比較的すいているので、動物でも眺めながら物思いにふけろうと出かけてみたのだが、入口手前から親子連れであふれていた。まったく、曜日感覚のない人間はダメである。

ゲートを通過すると、いつものように最奥地にいるユキヒョウを目指した。入口が多少混んでいても、ユキヒョウの辺りまで行けばすいていると思ったからだ。

しかし、今日はいつもだと通り過ぎてしまうような動物のところにも、人が群がっていた。たまには三脚でも使おうかとワザワザかついできたのだが、とても立てられそうにない。

人の波を抜けて、ようやくユキヒョウの放飼場に到着。ここでゆっくり物思いにふけろうと思っていたのだが、トンデモナイ、トンデモナイ。金網に沿って人の列ができていて、考え事をするどころじゃない。日中のユキヒョウは動きも鈍いので、ここはあきらめて、夕方になる前に戻ってくることにした。

その後、園内をフラフラと歩いてみたが、こんな日はどこへ行っても混んでいる。で、なんとなく行き着いたのが昆虫館。僕的には、ふだんあまり行かない場所なのだが、今日はなんとなく吸い込まれてしまった。

扉を開けると、そこは高温多湿の別世界。花が咲き、大きな蝶が乱舞し、カブトムシやクワガタが蜜をなめている、とても冬とは思えない空間が目の前に広がっていた。

さっそく、目の前の黄色い大きな花を撮影する。花の撮影といえば、銀塩カメラでは、接写のできるマクロレンズに三脚の使用は必須というのがセオリーだが、デジカメは腕を伸ばして、手持ち撮影で“ピッ”である。

カメラ以外、何の道具も必要とせず、シャッターを押すだけでそれなりに撮れてしまうのだから、いやはや、たいしたカメラだ。写真をあまり撮ったことがない人でも、デジカメなら十分に満足できる花の作品が撮れるだろう。

花の次は、蝶を狙ってみた。ここにいる蝶は大きく、舞っている姿は実に美しい。できれば舞っている姿を狙いたいところだが、相手が飛んでいるだけに撮影技術を要する。そこで、比較的撮影しやすい花に止まった瞬間を写してみた。

生き物を撮影するときは、被写体との距離が重要になってくる。相手の動きを読みながら、自分が動かなければならない。相手は“やられる”ギリギリまで逃げないはずなので、そのあたりは心理戦となる。こういうときは、自分も真面目になって一瞬のかけひきを楽しむと良い写真が撮れる。

今回は、図鑑のような画面いっぱいの写真も撮れたし、周囲まで写した雰囲気のある写真も撮れた。この蝶との“かけひき”に、僕は勝ったのだろうか。それとも、相手が“お情け”で譲ってくれたのか。

写真を撮る時に、被写体と会話をしていれば、相手が何でも、楽しく撮影することができる。クツワムシの撮影にも、そんな“かけひき”があった。

写真とは、常に楽しむこと。被写体との“かけひき”を楽しむこと。そして、撮らせてくれた相手に対する感謝の気持ちを忘れてはならない。

楽しませてもらった昆虫館から出てくると、太陽はすっかり傾いていた。

「ヤバイ! “ヨシダ”に会わねば……」

“ヨシダ”くんは、第3話の年賀状のモデルにもなった、オスのユキヒョウである。僕は、飼育係の方から“ヨシダ”が間もなく群馬サファリパークへ引っ越しすると聞いていた。

夕方になっても、ユキヒョウの前の人だかりは減っていなかった。“ヨシダ”は特に人気があり、サヨナラを惜しんで、ジッと見続けている人もいる。銀塩カメラとデジカメで数枚の写真を撮ったところで、扉が開かれ、ユキヒョウたちは裏の飼育場へと消えていった。

“ヨシダ”は多摩動物公園の一時代を築いたユキヒョウと言っても過言でないだろう。1994年に多摩動物公園に来て以来、3度の繁殖に成功している。今回は、その繁殖能力を買われての引っ越しだという。群馬サファリパークにいるメスと新たにペアになってもらい、繁殖させようということなのだ。

僕がユキヒョウの虜になったのは、この“ヨシダ”と現在の奥さん“ミユキ”との出合いからだった。引っ越しは残念ではあるが、繁殖の成功を願いたい。

デジカメで写した流れるような写真が、多摩動物公園で“ヨシダ”を写した最後の写真になった。


by 清水哲朗

つづく

モンゴリアン・チョップはこちら