富士山に程近い東名の足柄サービスエリア。いつもだと、ここから富士山が大きく見えるはずだ。しかし今日は、あるはずの方向に富士山がない。見えるのは厚い雲ばかりで、富士山の正確な位置すら分からない状況である。家を出てくる時は青空が広がっていたのに……。





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この日は朝から天気が悪く、富士山はずっと雲に覆われていた。「今日は無理かな」とあきらめかけて、「道の駅」でお茶をしていると、富士山の一部分が急に見え隠れし始めた。風が出てきたのだ。「おっ!」と思い、急いで河口湖畔の大石公園に移動。手前の枯れた風景が、イイ味を出してくれている。微妙なトーンで浮かび上がった富士山に“神秘”を感じた。





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富士山が現れると、頭上の空も晴れ上がって、あちらこちらでヒコーキ雲が飛び交っているのが見えた。富士山周辺は飛行機のルートだというのが、よく分かる。画面下部分に山並みを少し入れることで、空までの距離感が出た。また、空だけを写すより、この方が画面が安定する。





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山中湖畔・平野地区。日の出前の気温、マイナス9度。陸に上げられたボートにも、霜がつく。久々の氷点下の世界に身が引き締まる。氷点下でもデジカメが動くか心配であったが、とりあえず、ここでは動いてくれた。2月からモンゴルに行く予定だが、予備電池を用意する以外に何か対策はあるのだろうか?





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2日目は朝から青空が広がってくれた。等間隔のヒコーキ雲が面白かったので、手前に木を入れて撮影する。細い枝の1本1本まで、つぶれることなく写ってくれたのは嬉しい限りだ。風景写真にとって細かな部分の描写性は、カメラの評価につながる重要なポイントである。





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富士の名水で知られる忍野地区。小川沿いの土手に、真っ白に乾燥した芦があった。ゴチャゴチャした芦だが、なんとなく心に引っかかったので撮影してみた。デジカメの楽しさは、「とりあえず撮っておこう」と撮影できる気軽さにある。何かを見て、自分の心に響いた時は、迷わずシャッターを押すべきだろう。
やっぱり富士山は日本一


実を言うと、僕は“最強の雨男”である。最近は、その優れた能力(?)を隠していたのだが、久々に“やってしまった”のだろうか。

僕が“雨男”としての本領を発揮するようになったのは、師匠・竹内敏信先生のアシスタントになってからだ。はじめは、師匠も「なんだ、また雨だな」という程度だったのだが、僕が一緒に行くたびに雨が降るので、

「こいつはヒドイ雨男だぞ。しかも、雨が降って欲しい時には降らせないクセモノだ」

と言われるようになってしまった。

師匠は僕の“雨男”ぶりを雑誌の連載に書き、講演会や撮影会でも、

「アシスタントの雨男(レインマン)清水のせいで、ヒドイ暴風雨に遭って……」

と言い続けた。“雨男”と紹介されるのには、いささか抵抗があったが、何度も言われているうちに、いつしか開き直ってしまった。師匠に言われる前に、自分から、

「僕は雨男ですよ。しかも、かなり強力なんです」

と笑って言うようになったのである。

自他共に認めるようになってからは、まさに鬼に金棒、のれんに腕押し(?)、怖いものなし状態。何かイベントがあると“雨男”ぶりを遺憾なく発揮し、名刺代わりの雨を披露することも少なくなかった。

実に、師匠と出かけた取材の9割以上が雨だった。師匠が撮影した雨の傑作写真の陰に“レインマン清水”あり。アシスタントを卒業するまで、僕は悪天候を招き続けた。

そんな“雨男マジック”は、独りでモンゴルへ行っても変わらなかった。1年を通して降水量の少ないモンゴルでも、僕は行く先々で雨を降らせてきた。乾燥しているゴビの辺りでさえ雨が降り、遊牧民には、

「シミズがいると、雨が降るのでありがたい。日本に帰らないで、ずっといて欲しいよ」

と本気で言われた。「特技:雨を降らせること」で、海外青年協力隊として干ばつ地帯に派遣されたいぐらいだ。

さてさて、そんな“最強の雨男”の僕が富士山に行ったのだから、雲行きが怪しくなるのも当然といえば当然。ただでさえ、富士山の気象は変わりやすいのに、雨男まで来たとあっては、そう簡単に姿を拝ませてはもらえないだろう。

今回は富士山を撮影に来ているのだから、むやみに“雨男マジック”を使ってはいけないと思っていたのだが、夕方になるまで、まったく富士山は見えなかった。

“雨男”の難点は、自分で雨をコントロールできないところにある。雲を呼び、雨を降らせても、天気を良くすることができないのだ。あきらめ半分、「道の駅」でソフトクリームを食べていると、富士山の山肌が雲間からチラチラと見え始めた。

「おっ、これは出てきますよ。きっと」

急いで富士山の見えるポイントまで車で移動した。

富士山周辺に行くと、必ずと言っていいほど写真を撮っている人に出会う。ほとんどが富士山に魅了されてしまった人たちである。

今や、写真撮影の“聖地”となってしまった富士山は、休日ともなると富士山写真家でごった返している。三脚を立てるポジション争いで、ケンカが起こるほどだ。

そんな人たちに富士山の魅力を聞くと、

「富士山はカタチが美しく、雲の表情や時間帯で見え方が全然違うところが面白い」

と言う。日中の雲一つない青空は、逆に面白くないそうだ。

撮影ポイントの一つ、河口湖畔・大石公園に到着すると、あれよあれよという間に雲が退いていき、雪のベールをまとった雄大な富士山が現れた。見えた途端、僕はドキドキした。

「やっぱり、僕も日本人なんだなぁ」

と思いつつ、シャッターを押す。富士山に通い詰めている人たちの気持ちが、なんとなく分かった瞬間だった。

翌朝は、まだ暗いうちに山中湖畔・平野地区まで移動。頭上には星空が広がり、今日は雨などまるで降りそうもない。週末というせいもあってか、富士山に魂を奪われた人たちが続々と四駆に乗ってやって来る。あっという間に、三脚が隙間なく湖畔沿いに並んだ。マイナス9度の中、夜が明けるのをジッと待つ。

うすぼんやりと富士山が見え始めると、徐々にシャッターが切る音が聞こえてくる。朝陽が富士山の雪を赤く染め、「紅富士」になった瞬間、シャッターを切る音はピークになった。

周囲の人たちが銀塩のスゴイカメラで撮っている横で、懐から遠慮がちに小さなデジカメを出し、ピッと撮影する僕。なんだか、妙に恥ずかしかった。

「あぁ、広角のレンズだけでは表現が難しいよなぁ。そろそろ、デジカメでも望遠が欲しいなぁ。望遠があると全然迫力が違うからなぁ」

と思い始めた放浪写真家であった。

「ふ〜じ〜は、にぃ〜っぽん、い〜ち〜の〜、やま〜!」

お粗末でした!


by 清水哲朗

つづく

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