けだるい午後。外は雨。こんな日は何もしたくない。したくてもカラダが動かない。「何かやりなさい」と誰かに言われても、「は〜いっ」と返事するだけで、ただ、ボーッと窓の外の雨を眺めていたい。今日はそんな日。





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前回、僕が“雨男”だという話を書いたが、今日は雷が鳴り、大雨になってしまった。風もかなり強く、大荒れ模様である。「う〜ん、これは、やっぱり僕のせいかな?」とブツクサ言いながら、自分の部屋の窓越しに雨の様子を撮影する。外の明るさに合わせて撮影したら、部屋の中が真っ暗になってしまった。屋内と屋外では明るさが違うため、当然と言えば当然の結果。





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雷がフラッシュライトのように何度も光っている。バリバリバリという物凄い音のあとに、家が地震のように揺れた。どこか近所に落ちたのだろうか。「パソコンに雷が落ちたら大変!」と、原稿執筆を放棄する。ほんとは文章が浮かばず、ボーっとしていたのだが……。外の暗い雰囲気とパソコンの画面の色を出すために、室内の電気を消して撮影した。





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ウチの老犬のコボちゃん(マルチーズ、15年目)は、耳が遠くなってしまったので、外で何が起こっているのか分からないらしい。ひとり、オコタで気持ち良さそうに眠っている。このぐらいの年になった犬は、食べて出して、あとは寝るだけの生活を送る。「お前はいいよなぁ」と、原稿書きから逃避中に“やすらぎ”を求め飼い犬を“デジカメる”僕。





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夕方になって雨はやんだものの、まだ強風が吹き荒れていた。“風”を写すときは、何か揺れているものを探すとイイ。このときは、強風に揺れる植物を写したが、なかなかイイ感じのブレで写ってくれた。ただし、カメラ任せのデジカメ撮影では、なかなか思い通りのシャッタースピードになってくれないのが難点だ。





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日没後の竹やぶを写す。ある程度の暗さであっても、デジカメは手持ちで狙えるのが利点だ。揺れが大きい竹と揺れの小さい竹を同時に写すことによって、風の雰囲気を表現した。画面のすべてがブレていると、手ブレ写真と区別しにくいが、ブレているモノとブレていないモノ、即ち、“動と静”を同時に写し込めば、動きを表現することは可能である。
“風”の撮影日和


いつものように、ノートパソコンに向かう僕。

「……」

言葉が浮かんでこない。文章が出てこない。
ただ、パソコンとジーっと“にらめっこ”。

書きたいけど、書けない。
書きたくないから、書かない。

ただただ、パソコンとジーっと“にらめっこ”。
「書かなきゃ負けだよ、あっぷっぷぅ!」

なんとも、もどかしい時間。なんとも、憂鬱な時間。
けだるい午後。外は雨。

今日は、そんな詩が浮かんでは消えていく日。

「あぁ〜あ、ダメだ、ダメだ。何も出てこないよ。無理だっ!」

最近、カメラを持って出歩くより、4畳半の自室にこもり、ノートパソコンに向かっている時間の方が長くなってきた。写真家にとって、シャッターを押さない日々ほどストレスになることはない。そろそろ全てを放り出し、モンゴルへ撮影に出かけたい気分だ。

実は、モンゴル行きのチケットは、すでに取ってある。あとは出発を待つだけなのだが、旅立つ前にやっていかなければならないことが山ほどある。あり過ぎて、どうしていいか分からないほどだ。予定通りにコトが進まずに、ただただ無駄な時間を送っているのが、今の僕には大きなストレスになっている。

「そんな時は、安らぎを求めて飼い犬のところへ……」

とウチの老犬、コボちゃんを探す。

「いたいた」

コボちゃんは、コタツのところで、ぐっすりと気持ち良さそうに眠っていた。

「犬はいいよなぁ」

と愚痴りながらも、ちょっぴり気持ちが安らいだ。しかし、文章は何も浮かんでこない。マズイ状況だと承知しながら、何も手につかない自分が、どうにももどかしい。

夕方、雨がやんでくれたので、気晴らしにデジカメを持って散歩に出かけてみた。雨は去ったようだが、強風がまだ吹いている。こんな日は“風”の撮影日和。

“風”や“音”など、目に見えないモノを写真にするのは難しいが、あえて狙ってみることにする。はたして、カメラ任せのデジカメ撮影で写ってくれるのだろうか。

僕はまず、適当に暗くて風が吹いている場所を探した。カメラ任せの撮影では、明るい場所で撮影すると、カメラがブレないシャッター速度を選んでしまう傾向があるからだ。

それはそれで、撮影者にはアリガタイ設計なのだが、動きのあるものを速いシャッタースピードで撮影すると、その被写体がブレずに写ってしまうことがある。しかし、それでは“動き”が表現できないので、風の撮影には向かない。

要するに、“風”を表現するために、スローなシャッター速度を選びたかった僕は、暗い場所を探したのである。適度に暗い場所であれば、カメラの方が自動的にシャッター速度をコントロールしてくれると判断したからだ。銀塩でもデジカメでも、フルオート撮影では、絞りやシャッター速度を自分でコントロールできないのが難点である。

風が吹いていて、暗い場所を見つけると、さっそく写してみた。

「うんうん。悪くないじゃん」

フルオート撮影でも、イメージ通りに写ってくれている。液晶画面で確認しながら、自分のイメージに近づくまで何枚も撮影した。やっぱり、撮影場所選びは重要であった。

その後も同じような場所を求めては転々と移動し、撮影してみたが、いずれの場所でも“風”は写ってくれた。これでまた、デジカメ撮影の幅が広がったかなと満足する僕。

散歩から帰ってくると、“文章が浮かばない”もどかしい気持ちもすっかりなくなり、僕はまたノートパソコンに向かった。写真家にとってのストレスは「写真を撮らないこと」だと、改めて感じた日であった。


by 清水哲朗

つづく

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