【モンゴル放浪メモ】              ◆遊牧民と自転車
モンゴルに行って驚いたこと。それは遊牧民が自転車に乗っていたということだ。首都ウランバートルでは、ここ数年で自転車に乗る人が急増し、街でマウンテンバイクタイプの自転車をよく見かけるようになった。だが、しかしだ。今ここは、デコボコの地面と山しかない土地だ。はたして、こんな所に自転車は必要なんだろうか。今回、お世話になったゲルにも自転車があり、実際、そこの子供が乗り回して遊んでいた。また、プルゴンで移動中に、大人の遊牧民が自転車に乗っているのを見かけたので、「どこへ行くのか」と尋ねると、これから家畜の様子を見に行くと言っていた。これも時代なんだろうか。幸いなことに自転車を持っている遊牧民は、まだごく一部だけだが、馬やラクダに乗っていない遊牧民の姿はいまいちピンとこないし、ちょっぴり淋しい。





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新たに出逢った家族。真ん中のお母さんは写真を撮られることが恥ずかしいようで、カメラを向けるといつも走って逃げていた。しかし、この時ばかりは三つ子のヤギと写真を撮ってくれと自分から言ってきた。









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中国製の自転車に乗る遊牧民の子供達。右側の子はお出かけ用の衣装を着て遊びに来た。白シャツに青色のズボン。かなりオシャレだ。この自転車に乗せてもらったが、タイヤは細く、ペダルは重く、しかも砂利道なので、まっすぐ進めなかった。









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走行中にガリガリっという音がしたと思ったら、ギアが入らなくなってしまった。いつもの故障かと高をくくっていたら、とんでもないことになっていた。運転手のスレンジャブは、とりあえず車から工具を取り出し、ギアボックスをはずして分解し始めた。









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そして、日は暮れた。昼過ぎから運転手を含めた3人は「あ〜だ、こ〜だ」と言いながら作業しているが、全くはかどらない。「3人寄ればなんとやら」という“ことわざ”があるが、モンゴル人が集まると、それぞれ自分の意見を言うだけで、なかなかまとまらないことが多い。頼むから、早く修理してくれよぅ。
第15回 再びプルゴンでの旅


なんだ、なんだ。
帰るや否や、ゲルでは大変な騒ぎだった。

「どうしたんだい、いったい」

「どうもこうもないよ。あそにいるヤギを見てくれ。立っているのがやっとだろう。昨晩、ユキヒョウが来て、襲ったらしいんだよ」

「何、誰か見たの。ユキヒョウを」

「いいや、見てない。でも、ヤギが襲われた辺りにユキヒョウの足跡がたくさん残ってたんだよ。ありゃぁ、ユキヒョウに間違いないね。そういや、あんた達はどうだったのよ」

「ん。僕たち? ユキヒョウはいたよ。しかも、今日、最後になって」

「やったじゃないの。で、良い写真は撮れたの?」

話を聞いてるドルジ仙人の家族も、運転手もかなり興奮していた。

「え〜っと、それが実は…。恥ずかしい話、僕は見なかったんだよ、ユキヒョウを。ちょっと遠くて僕には分からなかった。でも、ドルジさんは見ることができたんだ」

ドルジ仙人は僕に気を使ってか、あまりしゃべらなかった。そして、傷ついたヤギのもとへ行き、周辺の地面を念入りに見ていた。

「でも、どうしてユキヒョウが家畜を襲ったの?」

「昔はこの辺も動物がたくさんいたけど、今ではだいぶ少なくなったからね。ユキヒョウやオオカミは、お腹がすくと、たまに遊牧民の家畜を襲って食べるんだよ。家畜を襲う時期はエサの少ない冬が多いけど」

「このヤギはどうなるのかなぁ」

「多分、何日かで死ぬだろうね」

悲しいけれど、それが現実らしい。瀕死状態のヤギのそばへ行くと、涙を流しているのが見えた。近くにはそのヤギの子が、母ヤギを気遣っていた。

4日後。そのヤギは息絶えた。そのまま野ざらしにされてしまったヤギは、長い年月をかけて砂となり、やがて大地へ還るだろう。この地では生と死、どちらも現実なのである。

僕は今回のユキヒョウ捜索を終了し、ここを離れることにした。山にいた時期も含めて1カ月近くいただろうか。

初めてのユキヒョウ捜索ではあったが、ユキヒョウについての現地情報や撮影における「なんとなく」の感触をつかんだ気がする。僕は見ることができなかったが、確かにここにユキヒョウはいた。また近い将来、というか来年、僕は必ずここへ戻って来るだろう。

今回、ユキヒョウ撮影は無理であったが、ドルジ仙人という素晴らしい遊牧民に出逢えた。この人との出逢いは、ユキヒョウがもたらしてくれたものだと僕は信じている。

ドルジ仙人は、今まで出逢ったモンゴル人の中で一番心を許せた人だ。初対面であったが、36歳も年下の僕に敬語を使い、ユキヒョウ撮影のためにすべてを尽くしてくれたことは、言葉では感謝のしようがない。

「シミズ、次はいつ来ますか。今度、あなたが来るときまで、ユキヒョウがどこにいるのか捜しておきます。なので、必ず来てください。またラクダに乗って山へ行きましょう」

そう言うと、僕に向かって手を差し伸べた。僕は両手でがっちりと握り返し、再会を約束した。最後にドルジさんの希望で、家族全員と記念撮影をした。

僕が車の中から手を振ると、ちょっとだけ振り返してくれたが、すぐにゲルに入ってしまった。予想に反して、ドライな別れだった。

すべてに感謝し、再びプルゴンでの旅が始まった。

「あいてっ、あいてっ、おいつつ」

久々のデコボコ道に苦戦する。しかし、なぜかこの乗り心地の悪さとガソリン臭さが妙に懐かしい。プルゴンに乗ってのモンゴル旅行がすっかり身体に染み込んでいるようだ。

ユキヒョウの撮影をあきらめた僕は、揺れる車の中で残り少ないモンゴルの日々を楽しもうと決意した。途中、運転手の知り合いの遊牧民のところでお茶をごちそうになる。

「ここからウランバートルまでは結構あるから、今日は泊まっていきなよ」

と言われ、

「まぁ、いろいろな遊牧民のところでお世話になるのもいいな」

と思い、僕は泊まることにした。

そこのご主人にこれまでのユキヒョウの話をすると、知り合いに詳しい人がいるから情報を聞きに行こう誘われた。もしかしたら、ユキヒョウに出逢えるかもしれないし。未知なる情報はどんどん知りたい。ゲルの脇にテントだけ張らせてもらい出発した。

変ぐり勘ぐり、2時間ぐらい走ったところで事件は起きた。それまで順調に走っていたプルゴンだったが、ギアの入れ替えの時に「ガリガリガリッ」と音がしたのである。なんとなく嫌な予感がしたが、またいつもの故障かと高をくくっていた。

しかし、そのあと運転手がいくらギアを入れようとしても入らず、車は止まってしまった。

「あいやいや〜、また壊れちゃったね」

そう言って微笑む運転手。

子供の頃、「家に着くまでが遠足ですよ」と先生が言っていたが、本当にそうだと感じる事態が発生しているとは、まだ誰も気づいていなかった。


by 清水哲朗

つづく



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