【モンゴル放浪メモ】              ◆水があるって、素晴らしい
乗っていた車が故障してしまうというのは、モンゴルではよく聞く話だ。でも、こんなに歩かされることは滅多にないだろう。炎天下を、朝から夕方まで重い機材を背負って飲まず食わずで歩いた僕は、疲労困憊し、脱水症状になりかけ、「もしかしたら、ここで終わりかな。1滴の水でもあれば助かるんじゃないか」と本気で思ったし、「水が欲しい」と何度も願った。蛇口をひねれば水が出てくるなんて、そこでは夢のような話。遊牧民のゲルに戻ってからは、毎日、井戸に水汲みに行くのが楽しかった。子供達と水をかけあって、びしょ濡れになったりもしたが、それは、とても幸せな時間だった。





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肌が褐色の遊牧民の子供。まだ、だっこされるぐらいの小さな子だが、顔つきはすでに大人の雰囲気が出ている。








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遊牧民の子供達の遊び道具。これは、糸を巧みに操り、骨を移動させて遊ぶタイプのシャガァ。知恵の輪のように少々頭を使うので、子供達はなかなかクリアできない。そういう僕もできなかった。








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子供がトカゲを捕まえてきた。「逃がしてやれば」と言ったら、「嫌だ」と言ってフィルムケースに入れてしまった。穴が開けられた蓋から脱走を試みたトカゲだったが、太い胴体部分が穴にジャストフィットし、抜け出せなくて途方に暮れていた。








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別れの日に、旅の安全を願って“ボートク”という料理を振る舞ってくれた。肉を入れた鍋の中に、真っ赤に焼けた石を入れて調理したものだ。肉スープになるわけだが、これがメチャメチャうまい。取り出した石を揉むと身体によいと伝えられている。
第17話 シャガァで遊び暮らす


目が覚めると、すでに太陽は頭上でサンサンと輝いていた。

「うぁぁぁ〜あ。よく寝た、よく寝た」

寝袋から出ようとすると、体のあちこちが痛く、一瞬よろめいた。昨日の「第1回“知人のゲルまで飲まず食わずで歩けるか”大会」に予期せず参加(?)させられたので、全身筋肉痛になってしまったようだ。

「あいたたた」

テントから出ると、遊牧民のおじさんは、もういなくなっていた。

「おはよう。おじさん、どこに行ったの?」

「たきぎ拾いに行ったよ」

奥さんが答えた。

「ありゃりゃ、元気だね。昨日あれだけ歩いたのにねぇ。たきぎ拾いも仕事とはいえ、やっぱ、遊牧民はすごいなぁ。この辺りに木は生えてないのに…」

一人、感心していると、

「顔洗ったら、ゲルに入ってお茶飲みなよ」

と、奥さん。

「は〜い」

やかんの水で顔を洗い、スーテーツァイを数杯飲んで、ボー(小麦粉をこねて、油で揚げたもの)を適当に食べる。これが遊牧民の朝食である。今日も同じであった。

「たまには違うものが食べたいなぁ」

時々、前夜の残りの硬い“ゆで肉”が出てくることがあるが、さすがに朝から肉は食えない。

朝食を終えると、とりあえず昨日どのぐらい歩いたかを調べてみることにした。車が壊れた地点と、G.P.S.で途中計測した地点を数カ所、航空地図に記入し、お手製定規を使って数字を割り出す。それに、迷った分を適当にプラスして出た距離、なんと約25Km。

「ひょえ〜。朝から夕方まで重たい機材を背負って、こんなに歩いたのかよ。わおっ。それだけ歩けば、喉も乾くし、目の前もフィルターかかったみたいに青くなるわ。もしかすると、軽い脱水症状になってたかもしれないな。うんうん。そういえば、運転手は今頃、何してるかな」

そうだった、忘れてた。肝心の車と運転手がいなかった。ゲルに帰ってきて安心しきってたけど、車がなくてはウランバートルにも日本にも帰れないのだ。これは大変だ。

何とかしなきゃと思ったが、昨日の今日だし、この国で急展開はありえない。モンゴルは、どうにかしたくてもどうにもならないことが多く、時間がすべてを解決してくれる…という国なのだ。帰国が迫っている日本人の僕には、少々辛い。

「おかあさぁ〜ん。…じゃなくて、運転手〜」

というわけで、待つことにしたが、ただ待つのも時間がもったいない。

そこへ、遊牧民の子供達が一緒に遊ぼうとやって来た。手には袋を持っていて、そいつを振るとジャラジャラと音がした。中をのぞくと、骨がいっぱい入っている。

「えっ。これで遊ぶの?」

「そうだよ。早くやろうよ」

骨は“シャガァ”といって、ヤギやヒツジの「くるぶし」部分らしい。この骨の4面を、それぞれ動物(ウマ、ラクダ、ヒツジ、ヤギ)にたとえ、双六や競馬など、いろいろな遊びができるということが分かった。

何はともあれ、子供の遊びは、やってみるのが一番。まずは子供達にお手本を見せてもらい、だいたいの遊び方を覚えたところで僕も交ぜてもらう。失敗しながらも手取り足取り教わりながらやってみると、これが以外と面白い。と言うより、かなり“はまる”遊びかもしれない。“シャガァ”は単純なのだが、大人をもムキにさせてしてしまう遊牧民の遊びのようだ。

奥さんも交えて、昼過ぎから夕方まで何時間もぶっ通しでやってしまった。次の日も、その次の日も、みんなでシャガァをやって過ごした。

写真もほとんど撮らずに1週間が過ぎようとした頃、遊牧民2人がバイクに乗ってやってきた。車の部品を持っているらしい。大きさを確認すると、どうやら合っているようなので、2人はそのまま、車のあるところまで走っていった。

日が沈む頃、ようやく“あれ”が戻ってきた。僕が子供達と井戸水を汲んでいると、ふいにエンジンの音が聞こえたのだ。耳を澄ますと、姿は見えないが確かに聞こえた。バイクではなく、車のエンジン音が。

5分ぐらいすると、ゲルの向こうに砂煙が舞い、ついにプルゴンが見えた。子供達と井戸のあるところから車まで、競争して走った。

運転手は、

「まいった。まいった」

と笑いながら話し、僕は思わず握手してしまった。

翌日、僕らは街へ戻ることにした。遊牧民の家族は僕らに、旅の土産としてヒツジを1頭屠殺して、肉をくれた。そして、帰りの旅の安全を願い、“ボートク”という料理を振る舞ってくれた。

普段は人がいないところだが、その日ばかりは僕らを送るために、親戚や遠く離れた隣人など知らない人を含めて30名以上が集まり、大宴会になった。昼出発の予定が、結局、夕方近くになってしまったが、それはそれでいい思い出になった。 ここでも、遊牧民は優しさに溢れていた。


by 清水哲朗

つづく



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