モンゴルで出会った人々は数知れない。ちょっとだけ触れ合った人もいれば、どっぷりお世話になった人もいる。基本的にはユキヒョウを撮影するためにモンゴルへと旅立ったので、人物の写真を撮るとは思いもよらず、僕にとっては予定外だったが、今回はモンゴルで出会った人々の写真を見てもらいたい。

番外編(3) 愛すべき人々


ウランバートル出発当初は、

「これからしばらくの間、運転手以外の人とは会話することもないのかな」

なんて思っていたが、ユキヒョウの情報を得たり、車の故障などのトラブルに巻き込まれりした時、無力な僕には、人々との交流が不可欠であった。

ユキヒョウを撮影することも大切ではあったが、現地の人と接することによって数倍も旅を楽しむことができたのは何よりの収穫だ。知らない僕と酒を飲み交わし、

「おまえは今日から俺たちの親友だ」

と酔っ払うまで飲んでくれた遊牧民や、ドルジ仙人という素晴らしい人に出会えたのも、人の紹介によるものであった。

結局は「自分一人では何もできないんだな。」というのがモンゴルを旅しての正直な気持ち。良くも悪くもハプニングは、他人がいるから起きることなのだろう。

「他人がいることの大切さ」
「できることはなるべく自分でやる」

というのを教えてくれたモンゴルに感謝したい。ありがとう。

これから出会う人には、できるだけ写真を撮らせてもらうように心がけたい。そして、なるべく多くの人に会えるように願っている。



[写真クリックで拡大]

[写真クリックで拡大]

[写真クリックで拡大]
ウランバートルで、いつも泊めさせてもらっている家のおばぁちゃん。70歳ちょっとだが、「会うのは今回が最後かもね」と訪ねるたびに言っている。まだまだ長生きしてもらいたい。自慢の勲章をつけて撮影。 ドルジさんのゲルの近くに住んでいるラハグワスレンさん。数日間、ユキヒョウ探しを一緒にしてくれた。ユキヒョウを何度も見たことがあるという強い味方だ。最近、日本製の125ccバイクを購入したらしく、ご機嫌であった。 プレブさん、66歳。ドルジさんの奥さんの妹のご主人。僕がドルジさんのゲルに到着して、しばらくしてから中国製のジープに乗って遊びにきた。この時は、中国に買出しに行って戻ってきたらしく、果物やお菓子などたくさんくれた。「写真を撮るよ」と言ったら、タバコに火をつけてポーズをとってくれた。


[写真クリックで拡大]

[写真クリックで拡大]

[写真クリックで拡大]
ラハグワスレンさんの息子。ドルジさんの娘と年が近いので、よく遊びに来ていた。「来年から兵隊に行くんだ」と嬉しそうに話していたのが印象的だった。 エンフバットさん、40歳。ユキヒョウが生息する山の麓にゲルがある。この日は家畜がヤマネコに襲われ落胆していた。僕が名前や年齢、家族構成、ユキヒョウ情報、ヤマネコのことなどを質問しながらノートに記入すると、おびえているような感じだった。ドルジさんに後で聞いた話だが、質問されたり写真を撮られたので僕を国際的な警察だと思っていたそうだ。後日、会った時にはニコニコしていた。 エンフバットさんのお父さん。つけているゴーグルがたまらなく、カッコよく見えた。ラクダの鼻につける花輪(モンゴル語で「ボイル」という。矢印のような形をしている)を一生懸命作っていた。僕のことを見て、「あんたはロシア人かい?」と聞いてきた。


[写真クリックで拡大]

[写真クリックで拡大]

[写真クリックで拡大]
ジャルガルサイハンさん、36歳。プレブさんの息子。モンゴル人では珍しくメガネをかけていた。「写真を撮るよ」と言ったら、キセルに火をつけていた。似たもの親子とは、こういうものなのだろうか。 ドルジさんのゲルからウランバートルへ戻る途中、フェルト作りをしている遊牧民がいたので写真を撮ろうと近寄った。家族や近所の人みんなで作っていて、この少女も一応(?)手伝っていたようだ。「偉いね」と言いながら、写真を撮らせてもらった。 ホイログさん、61歳。ドルジさんの奥さんの妹さん。つまりはプレブさんの奥さん。「下町のおばちゃん」という感じで、信頼のおける人だった。言葉があまり理解できていない僕に、いろいろと話し掛けてくれたのが嬉しかった。