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ドルジ仙人のゲルを目指して車を走らせているとき、前方に何かが落ちていた。近づいてみると、ゾド対策救援物資の束ねた草であった。とりあえず、車を停めて“草”を見ていたが、辺りには誰もいない。運転手と相談の結果、僕らが「持ち帰る」ことにした。運転手は、お正月にゾドの被害に遭っている親戚の家に行くので、ちょうどいいお土産ができたと笑顔だった。





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日の出前に山の上で輝いていた三日月。暗かったが、月がブレない程度に露出を絞り込んだことで山にもピントが合い、キリッとした写真になった。



















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雪の上に残された3頭のユキヒョウの足跡。冬は足跡がしっかり残るので、ユキヒョウ捜索が容易そうだが、雪が深く積もっていたりするので意外と歩きにくい。ゴビの山は岩だらけなので、注意して歩かなければかなり危険だ。



















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驚いたことに、ドルジ仙人が日記をつけていた。内容はよく分からないが、何十年も前から書いているようである。前に来たときに食べた鳥のことも書かれていた。これからも、少しずつ書いていくそうだ。



















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まだ生まれて半年ぐらいのドルジ仙人の孫。普段は物静かなドルジ仙人だが、孫の前ではデレデレで、おどけて笑わせようとしたりする。ドルジ仙人のかわいらしい一面を見た気がした。
第5話 仙人のスープ


「あ〜、今日は大変だったな〜」

ドルジ仙人のゲルに着いた翌日、仙人ががラクダを引いて出発したので、僕も黙って後をついていった。僕は当然のこと(?)ながら、ラクダに乗って目的地まで行くと思っていたのだが、考えが甘かったようだ。冬のゲルから夏のゲルまで、10キロも歩いてしまった。

そして、到着するやいなや、氷の井戸掘り1時間。その後、お茶を飲んだあとに山歩き数時間。久々に体を動かしっぱなしにしたら、疲れきってしまった。日本での運動不足が、こういうところで出てしまうから怖い。

「明日の天気はどうですかね? ドルジさん」

「ラジオでは雪が降るって言ってたね。風も冷たいから、降るかもね」

お腹がすいたので、何か料理を作ろうという話になった。僕はとりあえず白米を炊くことにしたが、ドルジ仙人はなにやら怪しげな袋を2、3袋取り出し、これを作ると言い出した。前に外国人が来たときにもらったものだというが、賞味期限はもう切れてそうだ。

暗闇の中、ドルジ仙人は袋を破って中身を鍋に入れ始めた。ローソクの灯りだけでは何を入れているのか、よく分からない。作り方を知っているのかと尋ねてみたが、ロシア語で書かれているのであまりよく分からないとのこと。ただ、「スープ」と書かれているのは分かると言っている。

ドルジ仙人は、パッケージの絵柄の違うスープ3袋を鍋に全部入れて、おたまでかき回し始めた。うすら灯りの中で、その姿はとても怪しく見えた。

「うわぁ、仙人のスープだ。隠し味に何を入れているか分かんないな」

普段、ドルジ仙人が料理を作ることはあまりない。前に来たときは、2人しかいないのに、鍋いっぱいに「あわ」を作ってしまった。モンゴル人は「あわ」のことを「シャル・ボダー(黄色い米)」と言い、遊牧民は白米より好んで食べている。

作りすぎた「あわ」は、捨てるわけにもいかず、何日もかけて最後まで食べさせられた。しかも、鍋が1つしかないので、他のものが食べたくても「あわ」を食べ切らないうちは次の料理が作れなかった。そんなこともあったので、ドルジ仙人の料理は要注意なのだが、今回も大鍋いっぱいに作っている。

「あぁ、心配だぁ」

でき上がったスープをドルジ仙人がよそってくれた。ドロドロしていて、ちょっと濃い黄色をしている。恐る恐る口にすると、塩味が濃いだけで、「仙人のスープ」は意外と美味しかった。

翌朝、山へ行く前にもスープを飲むと、鍋は綺麗になった。僕らはラクダに乗ってちょっと遠くへ行くことにし、非常食だけ持って出発した。

北風がとても冷たく、顔が痛い。風速もかなりあるので、体感温度がすこぶる低い。ラクダは相変わらずマイペースで、全然寒くなさそうだ。暑さにも寒さにも強いというのは、遊牧民にとってありがたい家畜である。

2時間ぐらい移動し、山中へ入ると雪が深くなり、ラクダが前進するのを拒んだ。回り道もしたが、結局、降りて歩き回ることにした。とはいえ、ひざ上ぐらいまである雪の中は歩きにくく、人力ではなかなか前へ進めない。斜面では気をつけて歩かねばならなかった。

雪の上には、ヤンギルや狐、狼などの足跡があったが、ユキヒョウの足跡や糞尿の痕跡などはまったく見当たらなかった。

「この辺りは、まったくダメだね」

と、ドルジ仙人。山頂から双眼鏡で覗いてみるものの、ヤンギルの親子が数頭見えるだけで、あとは何も確認できない。

ドルジ仙人がなかばあきらめた感じで、ザックからノートを取り出した。綺麗な筆記体で、なにやら文章が書かれているようだ。

「何ですか、それは」

「これは何十年も前から、書いているんだ。でも毎日じゃなくて、何かあったときとか、人が来たときとかに書いているんだ。前にシミズが来たときのことも書いてあるよ」

見せてもらうと、確かに僕が来た日付や、ドルジ仙人がユキヒョウを見たときのことなどが書かれていた。1968年だとか1972年だとか、僕が生まれる前のこともある。でも、ノート自体は新しそうだから、ちょっと書き直したのかもしれない。

前に教えた日本語も、少し書いてあった。そういえば、日本語の言葉や単語を、ドルジ仙人は“ちょこっと”話せるようになっていた。「あいうえお、かきくけこ……」も言えるようになっていた。どうやら家畜を遊牧させているときに覚えたらしい。

今日は何を書いているのだろう。「シミズと山に来たが、何も動物に会えなかった」とでも書いているのだろうか。

雲が厚くなってきたので、今日のユキヒョウ捜索はあきらめ、僕らは違うルートでゲルに戻ることにした。夏に通ったルートだったが、雪が深く、ラクダはまたしても進まなくなった。ドルジ仙人が鞭を入れると、静かな山中にラクダの叫びがこだました。

最終日、天気は良くなったが、気温は相変わらず低く風も冷たい。今日はドルジ仙人の夏のゲルの裏山を捜索する予定だ。ラクダに乗らず、歩いていくことにした。

少し歩くと、ユキヒョウの足跡を発見。ドルジ仙人の読みでは、足跡が小さいので、親から離れたばかりのユキヒョウ3頭が、つるんで生活しているとのこと。足跡を追っていくと、尿のあとが仲良く3つあった。臭いを嗅ぐとまだ新しい。このまま追跡すると、かなり期待できそうだった。

昼頃まで足跡を追いかけたが、ユキヒョウはいつまでたっても目の前に現れない。そこで、ドルジ仙人がいつもの占いをしてみた。

「今日は、これ以上進んでもユキヒョウに会えないと出ている。どうする?」

一瞬悩んだが、僕は占いに従うことにした。時間もないのにユキヒョウに出会っても、まともな撮影などできないであろう。次に来たときのために「楽しみ」はとっておこうと自分に言い聞かせた。

いろいろな思いがあったが、僕は黙って冬のゲルまで10キロの道のりを歩いて帰ることにした。


by 清水哲朗

つづく


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