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ゴビの山々に緑はない。あるのは急峻な斜面の岩だけだ。現地の遊牧民は驚くほど速く斜面を駆け下りる。僕は重たい機材を背負って、ついていくのが精一杯だ。 |

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山中でユキヒョウに襲われた馬の屍。ドルジ仙人に聞くと、かなり前に襲われたもののようである。屍のそばには花が数輪咲いていた。
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ユキヒョウの足の骨を2本発見! 自称“骨フェチ”の僕は、山中に気になる骨が落ちていると必ず拾い上げ、ドルジ仙人に確認する。これまでに、ユキヒョウの頭蓋骨と足の骨数本、尻尾の骨1個、指の骨1個などを見つけた。
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ウランバートルにあるボヤント・オハー空港のすぐそばに、ツーリストゲルがあるチンギス・ハーンという村がある。その村のレストラン(ゲル)に無造作に飾られていたユキヒョウの毛皮。密猟されたものだと聞いた。これだけの数のユキヒョウが殺されたのは、とても悲しいことだ。
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番外編(2)ユキヒョウがいっぱい
「野生のユキヒョウを撮影したい」
この思いは日増しに強くなっていったが、当時、写真家の助手をしていた僕には、費用も時間もなかった。
「う〜ん。助手を卒業してからでないと、やっぱ無理かなぁ。まだまだ先だな、きっと」
ふだんは思い立ったらすぐに行動しなければ気がすまない僕だが、今回はさすがに難しかった。しかし、こんな時に、“天”は必ず僕に味方してくれる。師匠に「モンゴル・ウランバートルで写真展をやって欲しい」という依頼が入ったのだ。
「おっ、モンゴルか。そういえば、モンゴルにはユキヒョウがいるなぁ。ついて行けないかな? 今回、ユキヒョウを見ることは無理だろうけど、それでも行きたいな」
打ち合わせの結果、僕は写真展示の作業人員に含まれ、モンゴルを訪れることとなった。何事も「念ずれば通ずる」のだ。
多摩動物公園で撮影したユキヒョウの写真アルバムを荷物に忍ばせて、僕は師匠らとともにモンゴルへ初入国した。そして、写真展示をする傍ら、出会ったモンゴル人に密かに写真アルバムを見せては、ユキヒョウ情報を入手していた。
「へへへ、ダンナ、いい情報ありまっせ」
会う人、会う人、
「モンゴルにはユキヒョウがたくさんいる。特にゴビには、いっぱ〜い、いるよ」
と言う。見たことがある人も半数近くいた。
「おぉ、おぉ、すっげ〜。さすがユキヒョウ生息地! ほんとにいるんだね。ゴビに行ってみたいなぁ」
僕は、「ユキヒョウがたくさんいる」という言葉を純粋に受け止め、
「助手卒業後、絶対にモンゴルに戻ってくるからね」
と鼻息荒くモンゴル人に伝え、その時は帰国したのであった。
約1年後、僕は助手を卒業し、再びモンゴルの大地を踏みしめた。師匠と一緒に来た時は時間がなく、ウランバートル周辺しか見られなかったが、フリーになった僕は、時間をかけてモンゴルを見ることができた。
「ゴビにはユキヒョウがたくさんいる」というモンゴル人の言葉を、かなり真に受けていた僕は、時間をかければ必ずユキヒョウに逢えると思っていたのだが、現実は、そう甘くはなかった。ユキヒョウに逢うには数々の困難が待ち受けていたのである。その時の話が『モンゴリアン・チョップ』のエピソード1だ(「エピソード1」なんて、そんなのついてなかったか!)
旅をしてみてわかったのだが、モンゴル人にとっては、裏の山脈にユキヒョウが2、3頭いれば「たくさんいる」ことになるらしい。僕の感覚では、ちょっと捜せばユキヒョウを見ることができるというのが「たくさんいる」なので、これは予想外であった。
ユキヒョウの行動範囲などを考えれば、「たくさんいる」のはありえないことだが、出会うモンゴル人が皆「たくさんいる」と言うものだから、さすがに僕も冷静さを失ってしまっていたのだろう。
「1頭でなければ、たくさんかぁ。う〜ん、難しいね。どこまでモンゴル人情報を信じれば良いのだろうか」
モンゴル人の言うことに右往左往しながら、僕のユキヒョウ撮影の旅は、まだまだ続きそうである。
「まぁ、大陸的に物事を考えて、のんびりいきましょうや」
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