●モンゴルの夏の祭典「ナーダム」
ナーダムは、男たちが競馬、相撲、弓射を競う祭りだ。といっても、1人で3種目全部に出るわけではなく、それぞれが得意な競技に参加しているようである。毎年7月11日の革命記念日に行われ、この日に合わせてモンゴルを訪れる日本人も多い。いちばん有名なのはウランバートルのナーダムで、モンゴル全国から兵どもがやってくる。ウランバートルのナーダムで優勝すれば、事実上のモンゴル、ナンバー1なのだ。今回、僕が見たのは地方のナーダムだが、これが予想以上に面白かった。





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何の予告もなしに開会セレモニーが始まった。楽団による生演奏の民俗音楽のあと、なぜか現役警官によるカラオケがあった。楽団は片づけ始め、観客も誰も聞いていなかったが、彼は唄いつづけた。














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相撲が始まる頃になると、競技場のスタンドは人が溢れそうになっていた。観客たちにとっても待ちに待ったナーダムなのだ。普段テレビを見ない人たちには、ナーダムが大きな娯楽の1つになっていると思う。














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モンゴル相撲の衣装は“まわし”ではなく、ブリーフのようなパンツである。それに、チョッキのようなものと民族靴を身につけて相撲をとる。試合前までは帽子も被っていた。どうやら、この4点セットがモンゴル相撲の正式な衣装のようだ。














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相撲審議委員会(?)のみなさん。微妙な判定の時には口出しする。両サイドにいたところをみると、出場している力士たちの師匠にあたる人々なのだろうか。ちなみに行司は2〜3人ついて取り組みを見守っている。














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競技場の外から、馬に乗ったままナーダムを観戦する遊牧民。このような観戦は、もしかすると、かなりの“通”かもしれない!?
大興奮のナーダム初日


ボルガンの街に入ると、運転手の知り合いの家に向かった。この街ではゲルに住んでいる人はほとんどなく、いわゆるハウス型の家が多い。運転手の知り合いのおじいさん宅もハウス型で、交渉の末、今日はこのお宅に泊めてもらうことにした。

「明日のナーダムは何時に始まりますか?」

おじいさんは、ナーダムの時間が書かれている紙を見てくれた。

「そうね、馬が出発するのは朝早くだけど、午前11時ごろ馬がゴールするみたいだよ」

「そうですか。じゃぁ、10時ごろ行ってスタンバッていようかな」

翌日は9時40分に出発。期待に胸を膨らませながら、競馬が行われているはずの会場まで車で向かった。ところが……。

3キロほど離れた会場(単なる平原)に到着すると、馬や車、バイクに乗った人々が帰ろうとしている。

「あれっ」

様子が変だと思っていたら、拍手の中、1頭の馬がゴールした。

「この馬は何着ですか?」

「この馬? 最後の馬だよ。見てなかったのかい」

「おいおいおい、どうなってんの」

運転手が苦笑いしている。

「朝の競馬は終わりだってさ」

「はい〜っ? ゴールは11時じゃないの? まだ10時過ぎだよ、ねぇ」

とにかく終わりは終わりなのである。どう足掻いても、もう一度走ってはくれない。僕はあきらめ、相撲と弓が行われている街の競技場を目指した。

今度は誰もいない。

「あれっ。ここも終わっちゃったの? そんなことないよね」

運転手が調べてきたところ、あと2時間待てば始まるとのこと。今度は見逃さないように、炎天下の中、僕は待つことにした。

1時間ぐらいすると、徐々に人が集まりだした。念のため、近くにいた人に確認する。

「これからですよねぇ、相撲」

「そうだよ」

2時間経つと、予告もなしにモンゴルの民族衣装デールを着た楽団の演奏が始まった。どうやら開会のセレモニーらしい。観客も、いつのまにやら競技場のスタンドから溢れそうになっている。

相撲取りが横一列になって現れた。ニキビ面の10代からヨボヨボした60代ぐらいまで、20人ほどいる。見事に筋肉隆々の人もいれば、痩せもいるし、ブヨブヨの人もいて、これでほんとに戦いになるのだろうかという感じだ。聞くところによると、普段はみんな、普通の仕事をしている人たちらしい。遊牧民もいるようだ。

両手を広げて、鳥が舞い降りるような仕草をしたあと、相撲は始まった。階級別に分かれているようだが、小さな競技場の中で一度に何組も執り行われるので、どれを見ようか迷ってしまう。60代のヨボヨボじいさんは、開始早々、あっという間に負けてしまったようだ。

モンゴル相撲は日本の相撲とはまるで違っていて、いきなり頭であたるようなことはない。相手を警戒しながら、ゆっくりと手を取り合わすあたりは、プロレス的だ。間合いが大切なのだろう。組んでも10分ぐらい技を掛け合わないところもあった。

「これは相撲って言うの? 日本なら水入りだよ」

ルールがいまいち分からない僕は、さらに困惑してしまうことがあった。手のひらを地面につけても負けにならないのだ。

「どうなれば負けなのだろうか」

勝った人を分析していくと、相手の衣装をつかんで技を掛けたり、持ち上げたりして、とにかく相手を地面に倒していた。ルールを知らない僕は難しく考えずに、

「相手を倒せば勝ち。でも手をつくのはアリ。以上」

という勝手なルールで試合を見ていくことにした。その見方は当たらずとも遠からずだったようで、相手が倒れると勝負がついていった。

モンゴル相撲には土俵がなく、“寄りきり”はない。勝つには相手を倒すしかないのだろう。土俵がないので、力士たちは勝敗がつくまで地面の上ならどこまでも動いていく。隣同士でぶつかっている取り組みもあった。

初めてのモンゴル相撲観戦を“砂かぶり”席で見ていた僕は、非常に興奮した。力士の息づかいが聞こえるばかりでなく、組み合ったまま僕の目の前まで来て投げ合いをすることもしばしばあったのだ。そのたびに席を離れ、よければならない。これは、プロレスの場外乱闘を目の前で見ている感覚に近い。

「おっと、まただ」

ウランバートルのナーダムでは規模が大きすぎて、一般人はスタンド席からしか見ることができないそうだが、ここでは力士と同じ“土俵”の上で見られるのが嬉しい。ウランバートルの砂かぶり席は、関係者と報道陣のみなので、この臨場感は田舎のナーダムでしか楽しめないだろう。

力士同士が同時に倒れるようなこともあったが、その時は“物言い”がつき、審判団が集まって協議していた。といっても、田舎のナーダムで行われる競技は、いわば県大会のようなものだから、和気あいあいとしている。

「まぁ、いいじゃん。もう1回やろうよ」

と取り直しを命じてみたりして……(僕の勝手な推測です)。勝ったと思った方は当然、収まりがつかず、

「俺が勝ったって言ってるジャン。なんでもう1度やるの」

みたいな文句を審判団に言っている。勝敗がつくと、勝者は再び“鳥の舞い”をした。

観客の反応もまた面白かった。豪快に相手を投げ飛ばしたときは大いに盛り上がるし、「ありゃぁ、痛いよ」って感じで倒された時は、見ている方も痛そうな顔をしている。それに出ている人が自分の知り合いばかりだから、

「バートル、おまえ弱いよ。家に帰れ、この野郎」

などと野次もガンガン飛ばしていた。

午後2時過ぎ、僕も観客も大興奮のまま、ナーダム初日のモンゴル相撲は終わっていった。どうやら今日は予選らしく、明日決勝トーナメントが行われるようだ。僕は明日が待ち遠しくてたまらなかった。