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草原の中を流れる大きな川。水面が逆光に輝き、とても綺麗であった。フブスグル湖は、もうすぐそこだ。
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カラマツ越しに見えたフブスグル湖。大きさもさることながら、水の色が美しい。湖から少し離れたこの場所をベースキャンプとすることにした。
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さっきまで青々としていたカラマツだったが、夕日を浴びると黄金色に変わっていった。ここにいると、何もかもが美しく感じられてしまう。
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翌朝、湖畔でひとり静かに夜明けを待った。カッコウの鳴き声が心地良く、避暑地に来た気分だ。実際は、7月だというのにコートのジッパーを上まであげるほど冷え込んでいた。
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湖畔で戯れる馬の親子。湖の色、草木の緑、馬の存在。どれもが、ここに必要なものだと思う。フブスグル湖は、本当に素晴らしい場所だ。
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新たな心配事
いやはや、ボルガン県でのナーダム観戦は僕には思わぬ収穫であった。まさか、ナーダムがあんなに面白いものだとは想像もしていなかった。
今回の旅は先を急ぐわけではないから、“ここだ”と思ったところでは時間を存分に使うつもりだ。時間にとらわれない旅は、やっぱりいい。素晴らしい風景といい、花の大群落といい、ナーダムといい、ほんとに幸先が良い旅である。
「モンゴルの旅は何か起こるんじゃないか」という“トラウマ”は僕の心から消えかけたものの、今度は新たな心配事ができてしまった。それは“フィルム”のことである。ウランバートルを出発してまだ4日しか経っていないが、撮影済みフィルムはすでに50本(36枚撮り)近くになっていた。
今回、持ってきたフィルムの数は約180本。このままのペースで撮影し続けると、残り130本は10日で終わってしまう計算になる。撮影条件に恵まれるというのは大いに結構なことであるが、フィルムがないのは写真家にとって大問題だ。
「やばい、このままじゃ絶対に足りなくなる!」
これが別の国なら、「フィルムがなくなれば買えばいいじゃん」ってことになるのだが、モンゴルはそんなに甘くない。この国では、僕が使用しているポジフィルム(リバーサルフィルム)がまったく売られていないのだ。60分現像をしてくれる写真店が急増した首都ウランバートルでさえも、あるのはネガフィルムばかりである。
ポジフィルムは印刷原稿に適したフィルムなので、写真を職業としていない人にはあまり必要ない。言ってみれば、ポジフィルムはプロ用のフィルムなのだ。
では、モンゴルのカメラマンはどうしているのだろうか。ほとんどの場合、ネガフィルムで仕事をしている。モンゴルの印刷技術はまだまだ発展途上にあり、印刷原稿に適したポジフィルムなど必要ないのである。
友人になったモンゴル人写真家は、こう嘆いている。
「自分の作品用に画質の綺麗なポジフィルムを使いたいが、手に入らない。自分や知人が外国に行ったときにポジフィルムを買ってきたりするが、高額なためたくさんは買えない。以前は現像液も買ってきて自分で現像していたが、今は中国や韓国、日本の写真店に現像を出している。画質を求められる仕事の時は、ネガでは話にならない」
苦労しているのである。
さて、僕はどうしたら良いのだろうか。フィルムをケチりながら撮影していくべきか。
答えは「ノー」である。そんなことしていたら、何も求められなくなってしまう。
「にゃろめぇ、写真家がフィルムをケチって写真撮ってられるかってんだいっ」
手に入らないなら仕方がない。フィルムをこれしか持ってこなかったのは自分の責任である。フィルムがなくなったら、その時どうすべきか考えればいい。
ここは、モンゴルである。じたばたしたって始まらない。大陸的に物事を考えなければストレスがたまってしまう。今はまだ130本残っているんだから、気にせず撮影しよう。
ナーダムを見たボルガン県から山道を進むこと355キロ、フブスグル県の県庁所在地、ムルンに入った。
「疲れたかい?」
運転手に対して、僕はいつもこの質問をしている。
「いや、大丈夫」
バットスフは答えた。バットスフに限らず、どの運転手もあまり疲れたと言わない。ドライバーの“美学”なのかもしれない。
「前に素晴らしいと言っていた場所は、ここから近いの?」
「そうね。ここから100キロぐらい北かな」
地図で見るとフブスグル湖と書いてある、とてつもなく大きな湖があった。
「ここかぁ。先を急ごう」
久々の街だったが、どこにも寄らずに通過した。僕は、この湖を早く見てみたくなったのだ。
途中、「寝てはいけない」と思いながら、半分意識のある状態でウトウトしていると、プルゴンのスピードも緩やかになった。「上りの角度がきつくてトロトロ走っているのかなぁ」と寝ぼけながら思っていたが、“はっ”と目が覚めた。
運転手を見ると、そ〜っとアクセルを踏み、ハンドルを握ったままコックリコックリしていた。プルゴンは、轍から少し離れていたので、僕はあわててハンドルを握り軌道修正した。
「おいおいっ、バットスフ、バットスフ。起きて〜」
大きな声で運転手を呼び起こすと、彼も“はっ”と目が覚めたようだ。運転席のある左前方には、小さな湖があった。
「あそこまで行かなくて良かった〜。疲れてるんでしょ。お茶でも飲もうよ」
車を停めさせ、休憩することにした。
運転手は、すまなそうな顔をして車から降りてきた。疲れていても無理はない。ウランバートルから約800キロ、ひとりで運転して来たのだから……。
「大丈夫、大丈夫。まぁ、お茶飲んでよ」
しばらく休むと、またフブスグル湖を目指した。
ムルンから約90キロ来たところにゲートがあり、管理人も出てきた。看板には、「ここから先は国立公園です。入るには“いくら”必要です」と、モンゴル語と英語で書かれていた。
運転手が窓を開けて管理人と話をすると、ゲートを開けてくれた。
おおよその察しはついたので、ニヤケながら運転手に聞いてみた。
「今、何て話したの? お金は?」
運転手は、してやったりという表情を浮かべながら、
「『この人は日本人の写真家です。モンゴルの有名な写真家集団の一員です。今回は仕事で撮影にきました』って言った。そしたら、『どうぞ』だって」
後ろめたい気もしたが、また戻って一から説明するのも面倒だったので、そのまま写真家の仲間で通すことにした。
草原の中に、逆光に輝く大きな川が見えた。
「フブスグル湖はもうすぐだよ」
10分後、カラマツ越しに大きな湖が見えた。
「デカイ! でっかいねぇ、この湖。水の色が綺麗だねぇ」
湖から少し離れてはいたが、このカラマツ林の前に広がる丘をベースキャンプとすることにした。
「言っていたとおりの素晴らしい場所だね。しばらく、ここにいようよ」
ここまで無事に来られたことに対する感謝。そして撮影が成功するように。無事にウランバートルに戻れるように。
そんな思いを込めて、運転手がアルヒを天と大地にまいた。テントを設営すると、運転手とアルヒで乾杯し、夜まで飲んだ。
翌朝、目覚めるとすこぶる寒かった。とてもTシャツだけではいられず、ジャージとコートを着た。
心地良くカッコウの鳴き声が響きわたる中、撮影機材を持って僕は湖を目指して歩いた。避暑地にでも来たような気分だ。
すがすがしい気持ちを抱えて、僕は風のない湖でひとり静かに夜明けを待った。
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