【モンゴル放浪メモ】  僕の旅日記
僕は旅をするときに、毎回、日記(行動記録みたいなもの)をつけることにしている。そのときの気分を書いたり、G.P.S記録や走行距離などの情報的なもの、撮影データ、出会った人の名前など、気がついたものを日ごとに書いている。他人が見ても理解できないような走り書きもある。撮影した写真と僕の記憶、そして旅日記を照らし合わせると、その時の情景が容易に目に浮かぶ。『モンゴリアン・チョップ』はまさに、そこからの産物。時間が経つほどに価値が出てくる旅日記は、僕の宝物である。





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フブスグル湖で迎えた最後の朝、湖面が赤くなるほど見事に朝焼けしてくれた。素晴らしい瞬間に出会えた僕は満足し、ここを発つことに未練はなかった。





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風もなく穏やかな朝を迎えたフブスグル湖の水面は、鏡となり、青空や雲を綺麗に映しこんでいる。岸辺には苔むした馬の頭蓋骨が静かに横たわっていた。





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朝露で輝く花にシジミチョウの仲間がそっと羽を休めていた。朝陽を浴びた後、このチョウはどこへ行ってしまうのだろうか。





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湖の岸辺に沿って、女性がぶらぶらと歩いていた。フブスグル湖の大きさは、この女性と比べると一目瞭然。しかし、ここはフブスグル湖のほんの端っこにすぎない。上空以外でこの湖の全貌を見られる場所はあるのだろうか。





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湖を撮影していると、少年が2人、興味深そうに近づいて来た。1人は地元、もう1人は僕らがナーダムを見たボルガンから来たそうだ。カメラを覗かせてあげると嬉しそうに笑ってくれたので、記念にインスタントカメラで撮った写真をプレゼントした。
フブスグル湖、最後の朝


明け方、寒くて目が覚めた。夏とはいえ、北緯50度のフブスグル湖畔の朝は寒い。夜、寝るときはそう寒く感じないが、朝になると寝袋に入って寝ていても、体を丸めるほどに冷え込む。吐く息も白い。

寝ぼけまなこでテントの外をのぞいてみると、西の空には星がまだ少し残っていたが、東の空には、いい感じの雲が出ていた。昨日は雨で朝焼けも日の出も見られなかったが、今日は期待できそうだ。

「今日はフブスグル湖に滞在する最後の朝だし、神様仏様、頼みますよ〜」

期待に胸膨らませながらバッグにカメラ機材とフィルムを入れ、三脚を背負って湖を見渡せる高台まで歩いて行くことにした。今日もカッコウの鳴き声が、静かな湖畔の朝を演出してくれている。

「うすら寒いけど、今日も爽やかな朝だぁ!」

湖まで歩いていく途中、予期せぬ出来事が起きた。遊牧民の犬が僕の足音に気づき、遠くで吠えだしたのだ。すぐに辺りを見回してみたが、まだ姿は見えない。

遊牧民の犬は、知らない人には平気で噛みつく。それを知っているだけに、「危険です! 危険です!」と僕の頭の中に無機的なロボットの声がこだました。

その遠吠えは確実に近づいてきていた。

「ヤバイよ、マジやばいって! あぁ、あぁ、こっちに向かってきた。しかも2匹!」

吠え方から判断すると、かなり本気だ。黒い2匹の犬は何の迷いもなく僕の方へと突進してきた。犬好きの僕だが、突然のことに、さすがに焦ってしまった。

「どうしよう……」

この事態にどう対処しようか一瞬悩んだが、気づいたときには叫びながら背負っていた三脚を両手でグォングォン振り回していた。

「来るなコノヤロ! やるのかコノヤロ!
あっちいけコノヤロ!」

2匹の犬はしばらく吠えながら僕の周りを走っていたが、僕のあまりの気迫におののき、シッポを巻いて逃げていった。

「はぁ、はぁ、はぁ……。もぉ、朝一のドッキリは勘弁してよぉ」

気を取り直し、改めて湖へ向かった。

湖は、風もなく、とても穏やかであった。東の空は青い世界から、だんだんと赤い世界へと変わっていった。一秒ごとに変化する空の色。とても感動的な夜明けだ。

最初のうちは静かにシャッターを押していたが、気がつくと撮影済みフィルムはどんどん増えていった。残りのフィルムが少なくなってきているのは百も承知だが、

「ここでフィルムをケチってどうする? 今撮らずして、いつ撮るんだ?」

と自分に問い掛ける間もなく、体が勝手にシャッターを切っていったようである。こうなると僕は、後先考えずに撮影していることが多い。“今”という瞬間は二度とない。

「あとで後悔するぐらいなら、良いと思った瞬間に撮って撮って撮りまくるべきだ」

というのが撮影に対する僕の考え方だ。

穏やかな湖面は鏡のようになり、遥かな青空や雲を映し出していた。岸辺では、朝露に輝く花に小さなチョウが羽を休めていた。心が洗われるような景色である。

「バットスフは、この素晴らしい朝を知っているのだろうか。せっかくここまで来たのだから見ていて欲しいものだ。でも、たぶん寝てるんだろうな」

これだけの場所を離れてしまうのはモッタイナイ気もするが、今、こんなに素晴らしい瞬間に出会えて満足させてもらったのだから、僕としては逆に未練はない。予定通り、今日、ここを出発するつもりだ。

テントに戻ると、案の定、バットスフは寝ていた。

「へへっ、やっぱりね」

特に起こすようなこともせず、僕はこの感動が薄れないうちに日記を書くことにした。旅日記は、時間が経てば経つほど自分にとって価値がでてくるものだ。たとえ、走り書き程度に書いたものでも、読み返すとその時の情景が浮かぶ。

日本での生活に疲れたときに、ふと、日記を読み返すことがある。モンゴルを旅している自分の姿が浮かび、思わず苦笑してしまう。でも読み終わった時には、なぜかまたモンゴルへ行こうと計画している。旅日記とは、不思議な力を与えてくれるものだ。この日記帳は僕の宝物だ。

今回、初めて来たフブスグル湖には、かなり満足できた。動物はあまりいないけれども、ドルジさんのいるゴビの風景とは違う美しさがあった。それはそれで大きな収穫だ。ここへは、いつかきっと、また来るであろう。その時まで、変わらない風景であって欲しい。

「フブスグル湖よ、本当にありがとう」

僕は日記に書けるような新たなる場所を求めて、さらに西へ行くことにした。