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ハルホリンの手前、大きな岩山の近くをプルゴンで走っていると、何やら鳥らしきものを見かけた。バットスフに確認すると、「鳥はいなかったよ」という返事。気になったので車から降りて引き返すと、大きなミミズクが岩のくぼみからこちらを見ていた。
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エルデニ・ゾーの敷地内で青い目をした馬を見かけた。馬やラクダの眼球は、たしか茶色だったような……。遊牧民に訊ねると、「青い目をした馬もいるよ。不思議ではない」とのこと。
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白い仏塔のソブラガ。ゴルバン・ゾーと大講堂の間に位置している。礼拝の対象になっているらしく、ここで皆、頭をつけて拝んでいた。礼拝を終えるとソブラガの周りを時計回りに歩いていた。
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ゴルバン・ゾー。日本の寺にも似ているが、いわゆる“侘び・寂び”は感じられない。色彩は実にモンゴル的である。仏像や仏画に興味があるなら、見に行ってみては?
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エルデニ・ゾーを正方形にぐるりと囲む外壁にも、白い塔が一つずつある。その向こうに、印象的な雲が“ぽっかり”浮かんでいた。
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ハルホリンを目指して
ビッグボス率いる“酒飲み慰安旅行集団”が故郷へ向けて旅立ち、ようやくホッとはできたが、なんだかドッと疲れてしまった。バットスフも僕も完敗の雰囲気である。
でも、今回は酒に負けたというより、酒豪のおじさん・おばさん達の勢いに負けてしまったのかもしれない。あの人たちが相手では、何の“防御”もできなかった。
チョロート川では「酒には気をつけねば」と言っていたのに、まさかこんな展開になるとは……。
「あぁ、情けないのぅ。タダ酒より怖いものはないのぅ。くそ〜、体がだるいのぅ」
“嵐”が去って赤滝には静けさが戻ったが、もう、ここにいたくはなかった。
「だって、いつ他の酒飲み集団がやってくるか、わからんからのぅ」
“のぅのぅ”づくしの僕に“やる気”などまるで起きやしなかった。
僕は赤滝に流れ落ちる川にカラダごと入り、二日酔いをさまそうとした。
「おぉぉぉ、冷たすぎる! 心臓が止まりそうだよ」
水温はかなり冷たかったものの、久々の水浴は気持ちよく、体中がさっぱりした。日本の風呂が妙に懐かしい。
バットスフは川には入らず、頭と顔を洗っていた。酔ったカラダにはその方が、賢明である。
「そういや、今まで何キロぐらい旅をしてきたのかな」
だらだらと寝転がりながらノートを見てみると、総走行距離は2000キロを超えていた。
フブスグルを出てから、絶景と言えるようなところはあまりなかったが、それでもフィルムは残り60本になっていた。撮影済みが120本だから、日本から持って来たフィルムの3分の2は使ってしまったことになる。条件に恵まれれば、残りの60本は数日でなくなってしまうだろう。
写真家は写真があってこそ評価される仕事だから、フィルムなしの旅は辛いものがある。写真を撮っていない写真家など、誰が相手にしてくれるものか。
「旅はすごい良かった。でも、写真はない」では、僕にとって意味がない。これ以上、旅を続けるかどうか僕は迷っていた。
「いやはや、モーバイナー。残りフィルムが微妙だな。あるといえばあるし……。今、撮影すべきものもないからなぁ。とりあえず、ウランバートルに戻りながら考えるとしますかね」
困ったときはウランバートルに戻れば、道は開けるかもしれない。
夕方になると、バットスフも僕もどうにか酒が抜けたので、100キロちょっと先にあるハルホリン(カラコルム)という大きな街を目指して出発することにした。
ハルホリンにはエルデニ・ゾーというチベット仏教の有名なお寺があり、日本人観光客もよく訪れるらしい。お寺にも興味はあるのだが、ハルホリンに行けば、ウランバートルまでコンクリート舗装された道で帰れる。デコボコ・ザムを400キロ近く“揺られて”走るより、早く快適に帰ることができるのだ。それが何より嬉しい。
「バットスフはエルデニ・ゾーに行ったことある?」
「あるよ。近くに、俺の奥さんの実家があるんだ。帰りに寄っていく?」
「へ〜、そうなんだ。寄る、寄る。行っていいの?」
「全然、構わないよ。俺もしばらく行っていないし……」
思わぬところに、“出会い”は転がっているものだ。是非、寄っていこう。
ハルホリンには、翌日の昼頃到着した。
エルデニ・ゾーの門をくぐると、まず、その広さに驚いた。外壁に囲まれていたので、中がどれぐらい広いのか見当もつかなかったが、だだっ広い敷地にはいくつかの寺が入っていた。外壁に沿って歩くだけでも数十分は掛かりそうだった。
エルデニ・ゾー内には「ゴルバン・ゾー」と呼ばれる三つの寺と、白い仏塔の「ソブラガ」、ラマ僧が日々修行している大講堂があった。ゴルバン・ゾーは日本の寺にも似ていたが、なんとなく中国っぽい雰囲気を醸し出している。おそらく漢民族の影響を受けて建築されたのであろう。門や格子戸も派手で、日本の“侘び・寂び”とはおよそ無縁な寺であった。
大講堂には仏像のほか、細密に描かれた仏画や仏具なども飾られており、とても神秘的であった。しかし、お土産屋もあるほど、すっかり観光地になってしまっていて、僕にはあまり向いていないようである。
帰りがけ、日本人観光客の団体に会ったので、すれ違いざまに「こんにちは」と言ったら、「えっ、日本人?」みたいに、えらく驚いていた。僕は日本人に見えなかったのだろうか。
「薄汚い格好で歩いていたからかな? バットスフも隣にいたし・・・」
気持〜ちショックだった。
ラマ僧のお経を聞きながら、僕らはエルデニ・ゾーを後にした。
バットスフはハルホリンの街のザハに寄り、奥さんの実家へのお土産として、お菓子やジュース、アルヒ、タバコをたくさん買った。
「久しぶりだから、いろいろ買っていかないと……」
ニコニコしながら話すバットスフを見ていたら、なんだか僕もソワソワしてきた。
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