【モンゴル放浪メモ】
この連載で、バットスフと僕はよく酔っ払っているが、モンゴルの酒はそんなに強いのだろうか。アルヒはアルコール度数が40度ぐらいあり、飲んだ瞬間、接着剤のような味がして、唇が痛むほどである。これは飲みすぎると、さすがに酔っ払う。一方、アイラグのアルコール分は2〜3%。口当たりも軽く、飲みやすいのだが、調子に乗ってガンガン飲むと、いつのまにか足にきてしまう。日本ではあまり酔っ払うことのない僕でも、モンゴルでは“ヘベレケ”になってしまうから不思議だ。「酒に飲まれるなんて弱いなぁ」と思っているあなた、いつかモンゴルで飲み比べしませんか?





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ハルホリンの手前、大きな岩山の近くをプルゴンで走っていると、何やら鳥らしきものを見かけた。バットスフに確認すると、「鳥はいなかったよ」という返事。気になったので車から降りて引き返すと、大きなミミズクが岩のくぼみからこちらを見ていた。




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エルデニ・ゾーの敷地内で青い目をした馬を見かけた。馬やラクダの眼球は、たしか茶色だったような……。遊牧民に訊ねると、「青い目をした馬もいるよ。不思議ではない」とのこと。




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白い仏塔のソブラガ。ゴルバン・ゾーと大講堂の間に位置している。礼拝の対象になっているらしく、ここで皆、頭をつけて拝んでいた。礼拝を終えるとソブラガの周りを時計回りに歩いていた。




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ゴルバン・ゾー。日本の寺にも似ているが、いわゆる“侘び・寂び”は感じられない。色彩は実にモンゴル的である。仏像や仏画に興味があるなら、見に行ってみては?




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エルデニ・ゾーを正方形にぐるりと囲む外壁にも、白い塔が一つずつある。その向こうに、印象的な雲が“ぽっかり”浮かんでいた。
ハルホリンを目指して


ビッグボス率いる“酒飲み慰安旅行集団”が故郷へ向けて旅立ち、ようやくホッとはできたが、なんだかドッと疲れてしまった。バットスフも僕も完敗の雰囲気である。

でも、今回は酒に負けたというより、酒豪のおじさん・おばさん達の勢いに負けてしまったのかもしれない。あの人たちが相手では、何の“防御”もできなかった。

チョロート川では「酒には気をつけねば」と言っていたのに、まさかこんな展開になるとは……。

「あぁ、情けないのぅ。タダ酒より怖いものはないのぅ。くそ〜、体がだるいのぅ」

“嵐”が去って赤滝には静けさが戻ったが、もう、ここにいたくはなかった。

「だって、いつ他の酒飲み集団がやってくるか、わからんからのぅ」

“のぅのぅ”づくしの僕に“やる気”などまるで起きやしなかった。

僕は赤滝に流れ落ちる川にカラダごと入り、二日酔いをさまそうとした。

「おぉぉぉ、冷たすぎる! 心臓が止まりそうだよ」

水温はかなり冷たかったものの、久々の水浴は気持ちよく、体中がさっぱりした。日本の風呂が妙に懐かしい。

バットスフは川には入らず、頭と顔を洗っていた。酔ったカラダにはその方が、賢明である。

「そういや、今まで何キロぐらい旅をしてきたのかな」

だらだらと寝転がりながらノートを見てみると、総走行距離は2000キロを超えていた。

フブスグルを出てから、絶景と言えるようなところはあまりなかったが、それでもフィルムは残り60本になっていた。撮影済みが120本だから、日本から持って来たフィルムの3分の2は使ってしまったことになる。条件に恵まれれば、残りの60本は数日でなくなってしまうだろう。

写真家は写真があってこそ評価される仕事だから、フィルムなしの旅は辛いものがある。写真を撮っていない写真家など、誰が相手にしてくれるものか。

「旅はすごい良かった。でも、写真はない」では、僕にとって意味がない。これ以上、旅を続けるかどうか僕は迷っていた。

「いやはや、モーバイナー。残りフィルムが微妙だな。あるといえばあるし……。今、撮影すべきものもないからなぁ。とりあえず、ウランバートルに戻りながら考えるとしますかね」

困ったときはウランバートルに戻れば、道は開けるかもしれない。

夕方になると、バットスフも僕もどうにか酒が抜けたので、100キロちょっと先にあるハルホリン(カラコルム)という大きな街を目指して出発することにした。

ハルホリンにはエルデニ・ゾーというチベット仏教の有名なお寺があり、日本人観光客もよく訪れるらしい。お寺にも興味はあるのだが、ハルホリンに行けば、ウランバートルまでコンクリート舗装された道で帰れる。デコボコ・ザムを400キロ近く“揺られて”走るより、早く快適に帰ることができるのだ。それが何より嬉しい。

「バットスフはエルデニ・ゾーに行ったことある?」

「あるよ。近くに、俺の奥さんの実家があるんだ。帰りに寄っていく?」

「へ〜、そうなんだ。寄る、寄る。行っていいの?」

「全然、構わないよ。俺もしばらく行っていないし……」

思わぬところに、“出会い”は転がっているものだ。是非、寄っていこう。

ハルホリンには、翌日の昼頃到着した。

エルデニ・ゾーの門をくぐると、まず、その広さに驚いた。外壁に囲まれていたので、中がどれぐらい広いのか見当もつかなかったが、だだっ広い敷地にはいくつかの寺が入っていた。外壁に沿って歩くだけでも数十分は掛かりそうだった。

エルデニ・ゾー内には「ゴルバン・ゾー」と呼ばれる三つの寺と、白い仏塔の「ソブラガ」、ラマ僧が日々修行している大講堂があった。ゴルバン・ゾーは日本の寺にも似ていたが、なんとなく中国っぽい雰囲気を醸し出している。おそらく漢民族の影響を受けて建築されたのであろう。門や格子戸も派手で、日本の“侘び・寂び”とはおよそ無縁な寺であった。

大講堂には仏像のほか、細密に描かれた仏画や仏具なども飾られており、とても神秘的であった。しかし、お土産屋もあるほど、すっかり観光地になってしまっていて、僕にはあまり向いていないようである。

帰りがけ、日本人観光客の団体に会ったので、すれ違いざまに「こんにちは」と言ったら、「えっ、日本人?」みたいに、えらく驚いていた。僕は日本人に見えなかったのだろうか。

「薄汚い格好で歩いていたからかな? バットスフも隣にいたし・・・」

気持〜ちショックだった。

ラマ僧のお経を聞きながら、僕らはエルデニ・ゾーを後にした。

バットスフはハルホリンの街のザハに寄り、奥さんの実家へのお土産として、お菓子やジュース、アルヒ、タバコをたくさん買った。

「久しぶりだから、いろいろ買っていかないと……」

ニコニコしながら話すバットスフを見ていたら、なんだか僕もソワソワしてきた。