●ウランバートルの犬
ウランバートルに限らず、モンゴルの街中には野良犬が多い。人目を忍んでゴミや肉をむさぼるように食べているので、住民から投石を受けたり、蹴飛ばされたりする悲惨な姿をよく目にする。鳴きながら尻尾を巻いて逃げている犬も少なくない。しかし、こんなにやられても野良は野良。牙を剥いて向かってくることもある。特に夜は人間が少ないので、彼らの動きは活発になる。遊牧民の犬もそうだが、街中の犬にもむやみに近づかないように!





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バットスフの奥さんの実家の脇に、組み立てる前の新しいゲルが置かれていた。朝陽を浴びた真新しいドアは、オレンジ色がまぶしいぐらいだ。





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青空の下、ゲルを組み立てる。トーノ(円形の屋根)とバガナ(柱)を固定し、オニ(屋根棒)をトーノの丸い穴に入れていく。





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フェルトの上に座って、ゲルの組み立てを見ている子供たち。たくさんの大人が寄ってたかって作っているのが気になるのであろうか。





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断熱効果のあるフェルトは、このように屋根や壁の部分に使う。こうすると、夏は涼しく、冬暖かい。あとは防水処理をほどこした白い布でくるめば、ゲルの出来上がりである。





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バットスフのお義母さん。息子の新居とあって、屋根に登って奮闘する。写真を撮ったら、「なんでこんな姿を撮るの!」と笑いながら叫んでいた。





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新居に新しい家具が運び込まれる。大人に負けじと、子供たちも手伝っていた。結婚式は、この新しいゲルで行われる。
まさかの断水


「ううう……どうにも下痢が止まらん! でも、こんな時になんで断水してるんだよ」

せっかくウランバートルに戻って来たというのに、まだ腹痛は続いていた。原因はたぶん、バットスフの奥さんの実家で食べたタルバガンだろう。

モンゴルで“最大の都市”ウランバートルだが、未だに停電も断水も日常茶飯事だ。電気がつかないのはロウソクを灯せばどうにかなるが、断水は非常に困る。

料理を作るにしても、シャワーを浴びるにしても、水が出なくてはお手上げだ。ましてや、トイレとなると大問題である。

昼間は“だましだまし”しながら、なんとか腹痛に耐えていたのだが、深夜、布団に入ってから激痛が襲ってきた。トイレに駆け込み、ホッとしていると、まさかの断水。ステイ先の家族が寝静まる中、僕は一人、暗闇のトイレで悩んでいた。

「流れない! どうしよう、流れないよぉ!」

何度も流そうとノブを引き上げるのだが、水は一滴も流れてくれない。このままではステイ先の家族に迷惑をかけてしまう。とりあえずトイレットペーパーを上にかけ、水が出るようになるまで放っておくしかなかった。

「どうか家族が起きてきませんように……」

いったん布団に戻って祈った。しかし、たちの悪い腹痛は何度も襲ってくる。

「う〜ん、仕方がない!」

僕は意を決し、トイレットペーパーを持ってアパートの外へ出た。外は身震いするほど寒い。この寒さは、“非常警報発令中”の僕の腹にとても堪えた。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

あまりにも冷えるので、僕は腹を押さえて、その場にうずくまってしまった。野良犬が数匹、近くを走っていった。

「街の犬は危険だから、あまり近づかない方がいいよ。特に夜の犬は!」

モンゴル人の友人が言っていたのを思い出す。

「ヤバイなぁ。早く済ませてアパートに戻らなければ!」

真夜中にも関わらず、人が数人歩いていたので、気づかれないよう物陰にしゃがんだ。いつかゴビでも深夜に下痢をして、怖い思いをした。あの時は、オオカミだと思った光る目が、実はドルジ仙人の飼い犬で助かったのだった。

「ちきしょ〜、情けない姿だなぁ。ウランバートルに戻っても野ウンチかよ。これで野良犬に襲われたらシャレになんないよ」

腹をもんで、さっさと用を済ませると、僕は慌ててアパートの部屋に戻った。とりあえず緊急事態からは脱したと思ったのに、男の子が起きてきて、

「臭い、臭い、なんかトイレ臭いよ」

とわめいていた。

「ゴメン、ゴメン。だって、水が出ないもんだから……はは」

明け方、断水は復旧し、一番に起きたおばあちゃんが全部流しておいてくれた。外で出してきたモノが最後の痛みの元だったようで、タルバガンによる一連の腹痛もようやく直った。

その日の夕方、僕とバットスフ一家とその親戚合わせて11名は、結婚式に出席するため、プルゴンに乗って田舎へ向かった。バットスフに腹痛の話をすると、彼もここ数日、同様に悩まされていたとのこと。タルバガンは“危険だよね”ということで意見が一致した。

本で調べたところによると、タルバガンはペスト菌を持っている可能性もあり、場合によっては、その地域が封鎖されて出入りできなくなることもあるとか。

「僕らのカラダは大丈夫なのだろうか……」

ちょっぴり心配になってしまった。

本来なら奥さんのゲルまで5時間ぐらいで到着するはずなのだが、途中で長く休憩をしたせいか、辺りはすっかり暗くなってしまった。

「バットスフ、道は分かるの?」

「ダジグィ、ダジグィ。いつも行くところだから」

大丈夫だというので“うたた寝”していると、プルゴンは妙にゆっくり走っている。時計を見ると0時をまわろうとしていた。

「ん! どうした? まだ着かないの?」

バットスフはヘッドライトをつけたまま、プルゴンを1周させた。真っ暗闇の平原で、あきらかに迷っているようである。乗っている皆の顔から笑みが消えていた。

「G.P.S、G.P.S。シミズ、G.P.Sで調べてくれないか。たぶん、近いはずなんだけど……」

衛星からの電波を正確にキャッチするために、僕は外に出た。外は風が吹き荒れ、気温もかなり低くなっていた。

しばらくすると、G.P.Sに「目的のゲルまで西に2キロ」と出た。確かに近くまでは来ていたようだ。ゲルまでG.P.Sにナビゲートしてもらえるようセットすると、バットスフはゆっくり、ゆっくり、G.P.S通りにハンドルを動かした。

G.P.Sでは目的地までの道が直線で示されるため、途中、まわり道もしたが、残り100メートルまで来ると、フロントガラスの向こうに、うっすらと白いものが見えてきた。

「残り30メートルだ! 20、10、9、8、7、6、5……」

プルゴンに乗っている皆に笑顔が戻り、声を合わせてカウントダウンした。そして、残り1メートルのところでプルゴンは止まった。それ以上進むと、ゲルに突っ込んでしまうからだ。

困ったときの神頼みならぬ、G.P.S頼みである。前に来た時、このゲルの位置を登録しておいたので、夜中でも無事に辿り着くことができた。

G.P.Sの精度の良さに、一緒にいた誰もが感心し、絶賛した。そして、「ありがとう」と。

翌朝、僕らは新郎新婦の新しいゲルを建てるのを手伝ったが、この時は昨晩のG.P.Sの話題で持ち切りだった。鼻高々の僕は、なんともいえない気分で結婚式が始まるのを待っていた。