●G.P.Sと航空地図
僕の使っているアメリカ製のG.P.Sは、小型であまりかさ張らない(単3電池4本使用)。普段は現在地を調べるのに使っているが、一度行ったところの経緯を記憶させておけば、ナビゲートもしてくれる。第19話のような時に威力を発揮するわけだ。詳しい地図が出ないので、航空地図と照らし合わせる必要はあるが、携帯カーナビのように使えて便利である。ただし、直線距離でしか案内されないので、回り道させられたことも少なくない。

結婚式には体力がいる


料理を作っている母屋のゲルを覗くと、街から来た若い女性が、新婦の顔に念入りに化粧をしていた。子供たちも新婦の周りに多数集まり、変わっていく様を実に嬉しそうに見ていた。

ふだんあまり化粧をしない遊牧民の女性にとって、化粧することは一大イベントなのだろう。ましてや結婚式となれば、気合いの入れ方が違う気がした。

いつも思うのだが、女性は化粧をしながらどんなことを考えているのだろうか。化粧とは無縁の一般男性には、あまりわからない儀式がそこにあるような気がする。ただ僕には、日焼けした新婦の顔がどんどん真っ白けになっていくのがおかしくてならなかった。

昼ごろ、なにやら怪しげなサングラスをかけたお坊さんらしき人がバイクに乗せられて到着した。かなり年配の“おじいさんお坊さん”は、目が悪いらしく、人に付き添われて新しいゲルの中へ入った。新郎新婦とその父親たちも入り、気がつくと結婚式が始まっていた。結婚式のゲルには参列者は一人も入らないようだ。

バットスフの姿も見えなかった。

「ねぇ、結婚式、もう始まったの? あれは何よ?」

モンゴルの結婚式初参加の僕は勝手がまったくわからず、ひとつずつ確認していった。

おじいさんお坊さんがお経を読み上げると、新郎は初め、黙って聞いていたのだが、しばらくすると席を立ってゲルの外に出て行ってしまった。何をしにいくか見に行ってみると、ただタバコを吸いに外に出たようで、ついでに小用まで済ませていた。

「なんだ、なんだぁ?」

おじいさんお坊さんのお経は延々続き、新婦も出たり入ったりしていた。

「え〜っ、本当にこれでいいの。結婚式でしょ? なんだかしまりがないなぁ」

おじいさんお坊さんのありがたいお経が終わると、新婦は炉に火を灯し、スーテーツァイをたてた。新婦がスーテーツァイをたてるのは、列席者に対して花嫁に来たという挨拶にもなり、新しい生活の始まりをも意味するらしい。

スーテーツァイが出来上がると、列席者に振舞う前に、天にささげた。青空に舞ったスーテーツァイの滴がキラキラと輝いていた。

この頃になると、列席者も徐々に新しいゲルへと入ってきた。日本でいえば、これから披露宴が始まるといったところか。両家の親族が分かれて座ったが、ゲルの中は溢れるほどの人がいた。

両家の挨拶が終わると、ヒツジ1頭の胴体部分を豪快に茹でた特別料理“オーツ”に、新郎新婦がナイフを入れる。披露宴も盛り上がってきた。

タキシードを着た司会者が「続きまして、新郎新婦によるオーツ入刀です。みなさま、カメラのご用意を」というイメージが頭に浮かんで、思わずニヤケてしまった。今まで酒を飲みすぎたせいで、頭の中がおかしくなってきたのだろうか。

「あぁ、雑念、雑念!」

酒は今まで見たことがないほど存分に用意されていた。この結婚式のために用意されたアイラグは、300〜500リットル。それにシミンアルヒという蒸留酒に、市販のアルヒもかなりあった。

すでに“チャンポン”で何杯も飲まされているので、酔っ払うのは必至であろう。バットスフはといえば、披露宴が始まる前から陰で酒を飲んでいたようで、すでに大トラに化けていた。

親族から新郎新婦にお祝いが渡されると、あとはもう大宴会になってしまった。アイラグが入った大きな器が回ってきたら、必ず1曲唄わなければならない。そして、唄い終わったら、それを飲み干すというのがルールらしい。

「あぁ、ヤバイのが始まっちゃったな。もうあきらめるしかないか」

みんな似たようなモンゴルの曲を大声で唄っては、アイラグを飲み干している。僕の番が回ってきて、何を唄おうか迷ったが、とりあえず結婚式の昔の定番、「乾杯」にした。この歌を知っている人はいなかったが、

「良かった。歌手みたいだ。もっと唄ってくれ!」

と絶賛された。調子に乗って、夜まで飲まされながら何曲も唄ってしまった。

初めは緊張していた僕も、だんだん気分が良くなってきて、持ち歌がなくなると「君が代」まで唄った。あとは同じ曲を繰り返した。

夜になると、酔っ払って脱落する人も出てきた。他のゲルではヘベレケの人たちがゴロゴロと転がっている。ちょっと異様な光景ではあったが、しばらくすると僕もその一員となり、翌朝まで倒れていた。

「くそ〜。仲間に入る前に倒れている人たちの写真を撮っておくべきだった」

ヒドイ二日酔いで目が覚めると、すでに結婚披露宴は始まっていた。

「あぁ、今日は出たくない〜!」

2日目は少ししか顔を出さなかったのに、やっぱり飲まされてしまった。遠い親戚なども続々と集まってきて、同じようなことを夜まで続けていた。モンゴルの結婚式に参加するには体力がいるようだ。

そろそろ僕のカラダは酒を拒否しはじめたので、肝臓を休めることを家族に告げた。

「近くの湖に1週間ぐらい行ってくる。食べ物は魚を釣って食べるから大丈夫」

ウランバートルに戻ったときに買った釣竿を見せると、僕は湖を目指した。





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村のお坊さんだろうか。この方が新郎新婦の前でお経を唱え、結婚式は始まった。しかし、お経が長いせいか、新郎も新婦も途中でゲルを出てくつろいでいた。ほんとに、そんなんで良いのかなぁ。

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かまどに火を入れ、スーテーツァイを作るのが新婦としての初仕事。普段やっていることでも、結婚の儀式となれば特別なのだろう。火をおこしながら、新婦は涙を流していた。できたスーテーツァイは天に捧げたあと、参列者に振る舞われた。

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ヘヴィン・ボーブ(小麦粉を練って型にはめ、油で揚げたお菓子)を、塔のように積み上げ、ウルム(乳製品)、アメ、ビスケットなどを飾り付ける。結婚式や正月など、お祝いの儀式には欠かせない食べ物だ。

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でたぁ!! ウランバートルに戻ってからもバットスフや僕をを苦しめた、タルバガンのボートク。しかも、こんなにいっぱい。ゲルの外では男たちがニコニコしながらタルバガンを次々と焼いていた。

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右が結婚式を挙げたばかりの新郎新婦。家族や親戚から、お酒やタバコをはじめ、デールの生地、カーペット、コップ、包丁セットなど、様々な贈り物をもらっていた。現金を渡す人もいたが、金額は100〜10000Tg(約10〜1000円)とまちまちのようだった。

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アイラグが入った大きな器が回ってきたら、1曲唄って、アイラグを飲まなければならない。アルヒの器も同時にくるので、かなりキツかった。

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もちろん家畜の馬にも乗るが、遊牧民の若者にはバイクがステータス。自慢の“鉄の馬”にまたがり、誇らしげな表情を浮かべていた。

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親戚一同をゲルの前に集めて写真を撮らせてもらった。これだけ大勢の遊牧民を一度に撮影できるチャンスは、なかなかない。