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アルハンガイ県にあるウギー・ノール(ノールはモンゴル語で湖)。結婚式を挙げたゲルから、G.P.Sの直線距離にして52.2キロに位置する。この日から、本格的にここで生活することになってしまった。
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起きたらすぐに釣りができるよう、湖の側にテントを張った。飲み水など、生活に使う水もこの湖から汲んでくる。でも、フブスグル湖に比べると不純物が多く、濁っていて、そのままでは飲めない。
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晩飯用の食材をゲットするために釣りをしたら、72センチもの大物がかかった。カワカマスの仲間で、モンゴル語で「ツォルハイ」という。大きかったので鍋料理にしたが、ひとりでは食べきれず、翌日、近くに来た遊牧民にも振る舞った。
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バットスフの言っていた“頼りになる親戚”が夫婦で現れた。ダンナのあだ名は“ボル”。冗談か本当か分からなかったが、「ウギー・ノールのボル」と言えば、知らない人はいないというぐらい有名だとか。バットスフがいなくなった今は、とにかく、この人たちしか“頼る”人はいない。
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湖畔の半島のようなところにゲルがあった。美しい夕焼けが、シルエットな世界を演出してくれた。それを見て、サザエさん一家が走っていくイメージが浮かんでしまったのは、浴びるほど飲んだ酒の影響だろうか。
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ひとり取り残されて
「お〜い、シミズ。どこ行くの?」
釣竿を持って僕が湖の方を目指して歩いて行くと、バットスフが声をかけてきた。
「湖だよ。も〜、肉は食わないよ! 酒も飲まない! 悪いけど……」
「歩いて行くの?」
「そうだよ。だって近いんでしょ? 湖はあっちの方って聞いたよ」
「近いって言ったって50キロはあるよ」
「………」
甘かった。世話になった遊牧民が「湖が近くにある」って言うものだから、僕はてっきり歩いて行ける距離だと思っていたのだ。遊牧民の“近い”は、日本人の感覚で言うと“遠い”に値することを忘れていた。他に、“すぐ”も“すぐではない”ので注意しなければならない。
そんなわけで、仕切直し。
僕はテントなどの荷物をプルゴンに積み込むと、バットスフの奥さんの弟・バットチョローンの案内で湖を目指した。バットチョローンは風景を見ながらバットスフに、「あっち」だの「こっち」だの細かく指示する。
僕はさすが遊牧民と思ったが、彼が通るザムは、いわゆる馬の道。こっちの方が近いと言っては、グチョグチョ道やデコボコ急峻道を案内してくれる。車で行くことなど、まったく考えていない道案内である。
「ダメだよ、おまえの行く道は! 馬の道なんか走れるかよ。車が壊れちまうよ」
バットスフもいいかげん、この案内にはウンザリしる様子だ。しかし、30キロほど進んだところで、バットチョローンが言った。
「あとはこのザムに沿って行くだけ」
彼は遠くに見える山や丘の形を目印として覚えているらしいが、僕にはその違いがあまり分からなかった。ふだん使う道とはいえ、よくもまぁ、正確に覚えているものだ。
湖はまだ見えなかったが、僕はなんだかソワソワして落ち着かなくなってきて、荷物の中から釣竿を取り出した。
「あ〜、早く釣りたいなぁ。デッカイの釣れるかな」
バットスフが運転しながら、こんなことを話してくれた。
「昔、ウランバートルで売っていた魚のほとんどがウギー・ノールで捕れた魚だったんだ。ウギー・ノールの魚は種類も豊富だし、たくさんいた。ものすごい大きな魚もいた。でも、捕り過ぎが原因で魚が少なくなってしまった。今では出荷しているかどうかも分からない」
モンゴル人ならではの、“いかにも”な話である。「あれば、あっただけ」の気質が、魚を乱獲してしまったようだ。
辺りが暗くなる頃、僕らはウギー・ノールに到着した。僕がテントを張り終えると、バットスフが言った。
「実は2日後に別の仕事が入っていて、そっちに行かなければならないんだ。でも、大丈夫。この湖の近くに“頼りになる親戚”がいるから、彼にウランバートルに行く車を見つけてもらうように話しておくよ。たまに差し入れしてもらうようにも頼んでおくから、心配しないで。それじゃぁ」
「えっ、だって、その、ほら。え〜っ!」
バットスフはそう言うと、バットチョローンと一緒に今来た道を戻っていってしまった。
「あ〜あ、本当にいなくなっちゃったよ。僕をだまそうとしたわけじゃないんだろうけど、こんなところに取り残されて、どうしよう? とりあえず真っ暗だし、寝ますかね」
夜明け頃に目を覚ますと、テントの外は霧に覆われていた。霧の中に浮かぶ釣り人ひとり。シチュエーションとしては、悪くない。
「では、始めますかね。朝飯を釣らなければ……」
ヒュッ。釣竿がしなるほど勢いよく遠くに投げ、ゆっくりとリールを巻いた。餌はルアー(スプーン)と呼ばれる疑似餌。これなら、わざわざミミズなどを探さなくてもいいし、手も汚れない。
僕は興奮を抑えきれず、胸がドキドキしていた。が、それも束の間、1投目にして早くもファーストヒットが!
「おっ、来たな。いい感じだよ」
巻き上げる釣り糸を伝わって、魚がブルンブルン左右に動いているのが分かった。
「そうそう、この感触! たまんないね〜」
慎重に慎重にリールを巻くと“ヤツ”は観念し、僕の言いなりになった。上がってきたのは、35〜40センチほどのフナに似た魚だ。
“あっ”という間に朝食が釣れてしまった。なんだか物足りない気もしたが、“遊び”の釣りはしたくないので、今朝の釣りはこれで終了。
僕は、いわゆる「キャッチ&リリース」はしない。釣った魚は食べてあげるのが、その魚に対しての僕なりの礼儀。僕にとって釣りは、真剣な“狩り”なのだ。
結婚式に行く前にウランバートルで買った卵を使い、“衣”をつけて揚げると、少々泥臭いものの、なかなかの美味であった。
「いいねぇ、やっぱり魚はいいねぇ。茹でた肉より全然いいよ! 次はどうしようかな。焼こうかな、鍋にしようかな」
バットスフはいなくなってしまったが、なかなかどうして、楽しく過ごせそうである。
こうしてウギー・ノールでの“お気楽”生活が始まった。
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