●どこで釣り道具を買うか
釣り道具は、この前ウランバートルに戻った時に中国製のモノを手に入れた。ウランバートルには釣りの専門店もあるが、予算的に無理そうだったので、僕はデパートで購入した。こだわらなければ、釣竿、リール、糸、ルアー(大・小を各2個)が3万5000Tg(日本円で約3500円)もあれば買える。釣竿があるのと、ないのとでは、旅の面白さが全然違うことが分かったので、今後の旅でも必携品になるかもしれない。





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アルハンガイ県にあるウギー・ノール(ノールはモンゴル語で湖)。結婚式を挙げたゲルから、G.P.Sの直線距離にして52.2キロに位置する。この日から、本格的にここで生活することになってしまった。



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起きたらすぐに釣りができるよう、湖の側にテントを張った。飲み水など、生活に使う水もこの湖から汲んでくる。でも、フブスグル湖に比べると不純物が多く、濁っていて、そのままでは飲めない。



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晩飯用の食材をゲットするために釣りをしたら、72センチもの大物がかかった。カワカマスの仲間で、モンゴル語で「ツォルハイ」という。大きかったので鍋料理にしたが、ひとりでは食べきれず、翌日、近くに来た遊牧民にも振る舞った。



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バットスフの言っていた“頼りになる親戚”が夫婦で現れた。ダンナのあだ名は“ボル”。冗談か本当か分からなかったが、「ウギー・ノールのボル」と言えば、知らない人はいないというぐらい有名だとか。バットスフがいなくなった今は、とにかく、この人たちしか“頼る”人はいない。



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湖畔の半島のようなところにゲルがあった。美しい夕焼けが、シルエットな世界を演出してくれた。それを見て、サザエさん一家が走っていくイメージが浮かんでしまったのは、浴びるほど飲んだ酒の影響だろうか。
ひとり取り残されて


「お〜い、シミズ。どこ行くの?」

釣竿を持って僕が湖の方を目指して歩いて行くと、バットスフが声をかけてきた。

「湖だよ。も〜、肉は食わないよ! 酒も飲まない! 悪いけど……」

「歩いて行くの?」

「そうだよ。だって近いんでしょ? 湖はあっちの方って聞いたよ」

「近いって言ったって50キロはあるよ」

「………」

甘かった。世話になった遊牧民が「湖が近くにある」って言うものだから、僕はてっきり歩いて行ける距離だと思っていたのだ。遊牧民の“近い”は、日本人の感覚で言うと“遠い”に値することを忘れていた。他に、“すぐ”も“すぐではない”ので注意しなければならない。

そんなわけで、仕切直し。

僕はテントなどの荷物をプルゴンに積み込むと、バットスフの奥さんの弟・バットチョローンの案内で湖を目指した。バットチョローンは風景を見ながらバットスフに、「あっち」だの「こっち」だの細かく指示する。

僕はさすが遊牧民と思ったが、彼が通るザムは、いわゆる馬の道。こっちの方が近いと言っては、グチョグチョ道やデコボコ急峻道を案内してくれる。車で行くことなど、まったく考えていない道案内である。

「ダメだよ、おまえの行く道は! 馬の道なんか走れるかよ。車が壊れちまうよ」

バットスフもいいかげん、この案内にはウンザリしる様子だ。しかし、30キロほど進んだところで、バットチョローンが言った。

「あとはこのザムに沿って行くだけ」

彼は遠くに見える山や丘の形を目印として覚えているらしいが、僕にはその違いがあまり分からなかった。ふだん使う道とはいえ、よくもまぁ、正確に覚えているものだ。

湖はまだ見えなかったが、僕はなんだかソワソワして落ち着かなくなってきて、荷物の中から釣竿を取り出した。

「あ〜、早く釣りたいなぁ。デッカイの釣れるかな」

バットスフが運転しながら、こんなことを話してくれた。

「昔、ウランバートルで売っていた魚のほとんどがウギー・ノールで捕れた魚だったんだ。ウギー・ノールの魚は種類も豊富だし、たくさんいた。ものすごい大きな魚もいた。でも、捕り過ぎが原因で魚が少なくなってしまった。今では出荷しているかどうかも分からない」

モンゴル人ならではの、“いかにも”な話である。「あれば、あっただけ」の気質が、魚を乱獲してしまったようだ。

辺りが暗くなる頃、僕らはウギー・ノールに到着した。僕がテントを張り終えると、バットスフが言った。

「実は2日後に別の仕事が入っていて、そっちに行かなければならないんだ。でも、大丈夫。この湖の近くに“頼りになる親戚”がいるから、彼にウランバートルに行く車を見つけてもらうように話しておくよ。たまに差し入れしてもらうようにも頼んでおくから、心配しないで。それじゃぁ」

「えっ、だって、その、ほら。え〜っ!」

バットスフはそう言うと、バットチョローンと一緒に今来た道を戻っていってしまった。

「あ〜あ、本当にいなくなっちゃったよ。僕をだまそうとしたわけじゃないんだろうけど、こんなところに取り残されて、どうしよう? とりあえず真っ暗だし、寝ますかね」

夜明け頃に目を覚ますと、テントの外は霧に覆われていた。霧の中に浮かぶ釣り人ひとり。シチュエーションとしては、悪くない。

「では、始めますかね。朝飯を釣らなければ……」

ヒュッ。釣竿がしなるほど勢いよく遠くに投げ、ゆっくりとリールを巻いた。餌はルアー(スプーン)と呼ばれる疑似餌。これなら、わざわざミミズなどを探さなくてもいいし、手も汚れない。

僕は興奮を抑えきれず、胸がドキドキしていた。が、それも束の間、1投目にして早くもファーストヒットが!

「おっ、来たな。いい感じだよ」

巻き上げる釣り糸を伝わって、魚がブルンブルン左右に動いているのが分かった。

「そうそう、この感触! たまんないね〜」

慎重に慎重にリールを巻くと“ヤツ”は観念し、僕の言いなりになった。上がってきたのは、35〜40センチほどのフナに似た魚だ。

“あっ”という間に朝食が釣れてしまった。なんだか物足りない気もしたが、“遊び”の釣りはしたくないので、今朝の釣りはこれで終了。

僕は、いわゆる「キャッチ&リリース」はしない。釣った魚は食べてあげるのが、その魚に対しての僕なりの礼儀。僕にとって釣りは、真剣な“狩り”なのだ。

結婚式に行く前にウランバートルで買った卵を使い、“衣”をつけて揚げると、少々泥臭いものの、なかなかの美味であった。

「いいねぇ、やっぱり魚はいいねぇ。茹でた肉より全然いいよ! 次はどうしようかな。焼こうかな、鍋にしようかな」

バットスフはいなくなってしまったが、なかなかどうして、楽しく過ごせそうである。

こうしてウギー・ノールでの“お気楽”生活が始まった。