●子供が好きだ!
今までお世話になったゲルには、ほとんどと言っていいほど小さな子供がいた。子供を見つけると、僕は大人達との会話もそこそこに、積極的に近づいて友達になってもらうようにしている。子供は遊び相手が見つかれば誰でもいいので、すぐに仲良くなれる。一緒に遊ぶことで心を開いてもらえれば、断然、写真が撮りやすくなる。僕が広角レンズを使って子供を撮るのは、子供の純粋な心や行動を間近で感じたいからである。

湖が赤く濁ったわけ


赤く濁る湖を眺めていると、プルゴンとロシア製トラックが猛スピードでこちらに向かってきた。エンジンをかけたまま車を停めて降りてきた男たちは、挨拶もなしにいきなり英語で話し掛けてきた。

「泳げるか?」

「えっ? いや、泳げないです。どうしたんですか?」

「向こうで男の子が溺れたんだ。助けてくれないか?」

指を差した方を見ると、かなり遠くに人が集まっているようだ。30分以上前に、湖で遊んでいて溺れたらしい。誰も泳げる人がいないので、探しにきたのだという。僕が泳げないと分かると、2台とも勢いよく走り去っていった。

あまりに一瞬のできごとで、僕はしばらく状況が把握できなかった。

「溺れた、人が溺れたんだ。この湖で。早く助けないと……」

湖が赤く濁ったのは、湖が僕らに何かを知らせようとしていたのかもしれない。湖が赤く濁ってから、僕は水浴びも、釣りなどの殺生も怖くなってやめていた。その男の子は気づかなかったのだろうか。

双眼鏡を覗いてみると、僕のテントから現場まではかなり離れていた。何もできない自分がどうにももどかしく、心の中でひたすら自分を責めた。

「助けてあげたいのに、助けられない。僕は、僕はどうすればいいんだ……」

せめてこれ以上、悪い事が起こらないようにと、湖に塩を撒いて清めた。

日が暮れるまで双眼鏡で湖を眺めていたが、結局、何も見つけるはことできなかった。現場の近くにいた遊牧民の姿も、いつの間にか消えていた。

僕はテントに入り、寝袋にくるまって朝が来るのを待った。しかし、怖くてとても眠れそうにない。

夜中になると、人の足音と家畜が近づいてくる音が聞こえた。

「もう、勘弁してくださいよ。僕が何か悪いことをしたのなら、謝りますから……」

「シミズ! いるの、シミズ!」

「えっ?」

慌ててテントの外を覗くと、ボルさんの奥さんが荷車を引いた牛を2頭連れて立っていた。

「心配になって来たのよ。日本人がひとりでここにいるのは危ないと思って」

奥さんは湖で事故があったことを知らなかったが、すぐに自分たちのゲルに行こうと言う。僕は急いでテントをたたむと、機材や荷物を牛の荷車に積んだ。

「本当は車で来たかったのだけど、ウチにはないからねぇ。でも、この牛が車の代わりよ」

奥さんは笑いながら僕に言った。会って間もない僕に、なんでここまで親切にしてくれるんだろうか。こんな夜中に、危険を顧みずに来てくれたことが、僕にはとても嬉しかった。

「ありがとう……。本当にありがとう」

奥さんに感謝しながら、10キロ離れたゲルまで歩いた。本当なら真っ暗な道だが、この夜は満月で、影がはっきり見えるほど僕らの足元を照らしてくれた。牛のペースで3時間ほどかかってゲルに到着した。

次の日、僕は遅くまで寝ていたのだが、奥さんは朝から起きて、料理を作ったり家畜の世話をしたそうだ。眠くないのかと尋ねると、

「少し眠いわ。でも、子供にご飯を与えるのも、家畜の世話をするのも私の仕事だから」

と笑顔で答えた。“守るべきもの”“するべきこと”を理解して実行できるお母さん。そして、お母さんの手伝いをする子供。

できそうでできないこと、忘れていたことを思い出させてくれる。この家族は、僕にはとても美しかった。僕はこの家族と、周りに住む人に囲まれて、徐々に心が癒されていった。

数日後、ゲルを訪れた遊牧民から、事故の話を聞いた。結局、男の子は助からなかったらしい。ウランバートルの大学に通っていた地元の男の子だったそうだ。彼は数日前から湖で馬鹿騒ぎをしていて、あの日、事故に遭ったのだという。

「湖が赤く濁ったのは、たぶん、湖が怒っていたからさ」

男の子が亡くなったというのは、とても残念な知らせだった。僕があの日、彼を助けに行かなかったのが正しかったかどうかは、今でもわからないままである。





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ボル夫妻の娘、デルゲルマー11歳。母親からは“デンバー”と呼ばれている。ライオンキングの“シンバ”をもじったらしい。この子ほど、親の言うことを素直に聞く子供を僕は見たことがない。手伝いをする時も、決して笑顔を絶やさない。

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ボル夫妻の息子、ナサン6歳。親に言われたことよりも、自分のやりたいことがやりたい年頃。手伝いをイヤイヤやっている姿をよく目にした。しかし、小さくても彼は馬に乗るのがすこぶるウマく、速い! 来年はナーダムに出場すると言っていた。


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ボル夫妻のゲルの近くに住んでいる、ノルジグドラム、7歳。瞳が緑色でハスキーボイス、性格はちょっと男勝りのカワイイ女の子。ゲルの天井部分・トーノ(円形の天窓)から差し込むわずかな光で撮影した。

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ノルジグドラムのお姉さん、ブルドゥムボル、8歳。4人姉妹で、ノルジグドラムの他にお姉さんが2人いる。毎日ニコニコしながら遊びに来ていた。この子もかなり男勝りな性格であった。


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この子は誰の子だったかな? ボル夫妻の隣りのゲルに住んでいたから、たぶん親戚であろう。話し掛けても、まだよく分からないようであった。


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馬に乗って遊びに来た女の子。4人姉妹の友達らしい。ほっぺたの“赤”がかわいらしい。「写真撮るよ」って言ったら、ものすごく照れていた。

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ナサンとその友達。ナサンの瞳がウルウルしていて、たまらなくカワイイ。彼とは毎日一緒に遊んでいたから、かなり打ち解けることができた。

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ナサンの親友ドンチョムドー、8歳。デンバーとナサンと馬に乗って彼のゲルに遊びに行ったら、タルバガンでもてなされた。ちょこっと食べると、「もうお腹いっぱいです」なんて、嘘をついてしまった。


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強烈な西日の中、ボルさんのお母さんに写真を撮らせてもらった。無口だが、かなりのしっかり者で、とても親切にしてくれた。

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ボルさんのお父さん。普段はよく働くのだが、酒が入ると人が変わってしまう。一緒に酒を飲もうと呼ばれてゲルに行ったが、すでにロレツが回らず、まったく会話にならなかった。翌日も酒びたりで、しっかり者の母さんに外から鍵をかけられていた。