●「いいねぇ」と言うと笑うモンゴル人
僕はシャッターを切った後に「いいねぇ」というのが口癖だ。初めて会った遊牧民を撮影させてもらったとき、その人の表情は硬かった。しかし、1枚写真を撮った後に「いいねぇ」と言うと笑顔を見せてくれた。「いいねぇ」を連発すると、ずっと笑ってくれていた。後日、友人にその話をすると、モンゴル語で「笑う」は「イネーフ」で、「イネー」は命令形の「笑え」だと教えられた。命令しながら撮影していたとは……。しかし、意味を知った今でも「いいねぇ」は使っている。





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ゲルの陰で眠る、ボル家の犬。「噛みつくし、危ないから近寄らないほうが良い」と言われていたのだが、すぐに僕になついてしまった。これには、ボルさんの奥さんも驚いていた。今まで「危険だ」という遊牧民の犬を何頭、手なずけてきただろうか。



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ようやくボルさんが帰ってきて、子供たちも大喜びだ。良い表情をしていたので、写真を撮らせてもらった。


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ボルさんの娘、デンバー。「写真を撮ってあげるよ」と言ったら、ゲルの中で綺麗な衣装に着替えてきた。とっておきのオシャレ服だ。



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この女の子は、耳は聞こえるが喋ることができない。僕のそばに近寄っては来るのだが、カメラを向けると逃げ回っていた。何日か経ち、1人じゃ馬に乗れないから手伝ってとジェスチャーしてきた時に、唯一撮らせてくれた。逆光に輝く彼女は美しかった。あくる日、「今日、ここを出発する」と言ったら、悲しそうな顔をして心を閉ざしてしまった。別れを告げずに、行くべきだったのだろうか。



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ボルさんのゲル近くの丘から、8月の満月が昇ってきた。この月を見ながら、ボルさん一家にお世話になった日々を思い出した。明日、このゲルを出発するのは非常にツライ。
スーテーツァイをまいて


湖での事故以来、ボッ〜としていることが多かった僕だが、ボルさんの子供たちや近所の子供たちと遊ぶことで、嫌な気持ちを忘れることができた。一緒に家畜の世話をしたり、井戸に水を汲みに行ったりするのが楽しかった。

家畜の世話や水汲みに行くのは子供たちの仕事だ。いつも1人でやっていることなので、何人かですると遊びの延長になってしまう。たまに長い道草をして、僕も一緒にボルさんの奥さんに叱られたりもした。僕はすっかり、この家族の一員になっていた。

ボルさんの娘のデンバーは僕のことを気に入ってくれたようで、いつも僕の側にいた。僕はデンバーに日本語やあやとり、折り紙などを教えてあげた。デンバーは僕にモンゴル語と遊牧生活を教えてくれた。

デンバーは、あやとりをマスターするのが特に早かった。モンゴルにもあやとりはあるのだが、“1人あやとり”は知らなかったようで、手本を見せてやると喜んでいた。

デンバーは、感心するほど親の手伝いをした。母親にキツイ口調で命令されても、文句一つ言わずに笑顔で手伝いをする姿は感動的でもあった。遊びとやらなければならないことがきちんと区別できる子は、今の時代、なかなかいない。きっとボルさん夫婦のしつけが良かったのだろう。

ここへ来て1週間近く経ったが、ボルさんは未だに帰ってこなかった。帰国の日が近づいていたので、僕は少し不安になってきた。

「一体どこへ行ってしまったのだろう? 車は手配できているのかなぁ」

ボルさんの奥さんに話すと、

「大丈夫。ボルは必ず約束を守る人だから安心して」

と言われた。確かにボルさんは人望が厚いようで、不在の間も彼を訪ねてくる人が後を絶たなかった。バットスフも「頼りになる親戚」と言っていたし、ここは待つしかないだろう。

数日後、デンバーとナサンと川泳ぎから戻ってくると、ボルさんが帰っていた。特に変わった様子もなく、「疲れた」とだけ言った。

「あの〜、車は手配できたんですか?」

「いや、まだだ。これから探す。必ず見つけるから、安心して待っていなさい」

ボルさんは翌日から馬に乗って車を探しに行ってくれた。あちこちを回って、2日目に車が見つかった。

「シミズ、ウランバートルへ行く車が見つかった。出発は明日の昼頃だ。他の人も乗っているけどいいか。金額は7000Tg(約700円)だ。ここからウランバートルまでは380キロだから、そんなに高くはないだろう」

「ウランバートルへ行けるなら、なんでも良いです」

出発当日も、普段通りに近所の子供たちと遊んだ。僕が帰ることを告げると、「行かせないよ」とみんなで僕の両手を引っ張った。半分はふざけて、でも半分本気なのは目を見ていて分かった。デンバーもナサンも心なしか元気がない。

旅に出会いと別れはつきものだ。別れは、新たな出逢いを導いてくれる。でも、子供たちは“別れ”なんてない方が良いと思っているだろう。だって、今までいたのに、いなくなっちゃうんだから……。

案の定というか、車は昼に来なかった。まぁ、予定より2、3時間は遅れるだろうと予測していたのだが、結局、車が来たのは夕方の5時であった。

車はロシア製のジープだった。中を覗いてみると、運転手を含めてギュウギュウに13人も乗っていた。8人ぐらいしか乗れない車なのに、完全に定員オーバーである。

「僕はどこに座るの?」

「君は特別に助手席に座っていいよ。ただし、2人で座ってくれないか」

えっ、ウランバートルまでここに2人掛け?と思ったが、途中で何が起きるかわからないし、1日も早くウランバートルへ戻らねばならない。

ジープに乗る前に、ボルさん一家に今までのお礼を言って別れを告げた。奥さんは涙を流しながら、僕のホッペにキスをしてくれた。デンバーも泣いている。ナサンは、下を向いてこちらに近寄ろうとしない。ボルさんも目が潤んでいた。

「シミズ、必ずまた来てね。きっとだよ」

デンバーが言った。僕は無言でうなずくと、車に向かった。カメラバッグと荷物が入ったバッグを足元に、リュックをひざの上に置き、2人で座ると身動きできないほど狭かった。これから、しばらくこの辛い体勢でいなければならない。

窓を開けて、もう一度“サヨナラ”を告げると、車は静かに出発した。その瞬間、デンバーがゲルに向かって走っていった。泣きながらすぐに出てくると、天高くスーテーツァイをまいてくれたのがミラー越しに見えた。僕が「無事に帰れるように」と、祈願してくれたのだ。これを見た時、僕のこらえていたものが一気にあふれ出た。

「なんだよ、涙が止まらないよぉ。なんでこんなに涙が出るんだろう。ドルジ仙人との別れは、もっとドライだったのに……」

涙でにじむミラーに映るボルさん一家。ずっと手を振ってくれているデンバー。ボルさん一家への感謝の気持ちは、そのまま別れの辛さとなって涙が止まらなくなってしまった。でも、今、流している涙の先には、きっと新たな出会いが待っているはずだ。

今回はボルガンでのナーダムに始まり、神秘的なフブスグル湖、火山や洞窟、そしてナーダムを見たタリアート村、赤滝での大宴会、バットスフの親戚の結婚式、そして、ここでの生活と、僕にはすべて新鮮に映る良い旅だった。ユキヒョウ探しとは違うモンゴルを見ることができた。

この国には、まだまだ僕の知らない魅力的なことがたくさんある。そう信じて、僕はまたモンゴルを旅することを誓った。


by 清水哲朗

おわり

※次週からは「番外編」をお届けします。どうぞお楽しみに!

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