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6×6のカメラを肩からぶら下げた僕は、ホテル周辺をプラプラと歩いていてみた。ウランバートルの中心部から少し離れていたこともあり、ホテル周辺では人の姿をほとんど見かけなかった。なんとなく歩いていると、さらに人気のないところへ来てしまった。時間が止まっているかのような不思議な場所で、妙な魅力を感じ、シャッターを切った。そのとき、わずかながら人の動きが感じられた。目を細めてよ〜く見てみると、壁越しの中央タンク部分を掃除している人がいた。「あ、この街にも人がいるんだ」と、ちょっぴり安心した瞬間だった。
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建物の端のほうに存在感のある、何とも味わい深いゴミ箱が2つ置いてあった。「俺らを撮ってくれよ」というゴミ箱の声が聞こえてきそうなほど、僕には魅力的に感じられた。そういう目で見ると、ウランバートルは汚いなりに“整理された空間”が多数存在している。そんな場所が大好きな僕は、「あれも、これも良い」と“味のある空間”をフィルムに収めていったのである。
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これまた人の気配が感じられない、怪しげな空き地。当時の僕は、モンゴル語がまったくできなかった。そのせいかどうか分からないが、どうも人がいない無機的な場所を求めて歩いていたようだ。この独特の陰鬱さ、淋しさに魅力を感じ、シャッターを切っていたのである。しかし、ここがどういう場所なのか、今見てもよく分からない。
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僕のウランバートルの第一印象がコレ。何かと言うと、街のいたるところにボコッ、ボコッと空いている“穴ぼこ”の存在だ。マンホールなどでも蓋が開いていたりして、「街を歩くときは下を向いて歩け。決して、よそ見をしながら歩くな!」というトラウマのような“ビビリ”が体に染み付いてしまった。今でもウランバートルのあちこちに“穴ぼこ”は健在で、歩くときは十分に気をつけている。
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ウランバートルの国立中央博物館にあるタルボサウルスの全身骨格標本。“骨フェチ”の僕にはタマラナイ代物で、興奮気味にシャッターを切ったのを覚えている。この博物館には恐竜の化石などが多数展示されているので、“骨フェチ”や“恐竜ファン”はかなり興奮すること請け合いである。しかし、モンゴルの博物館は、ほとんど照明器具がついておらず、窓から差し込む地灯りで展示品を見ることが多いのは残念だ。この写真を撮る時、シャッタースピードが遅く、手ぶれの心配があったが、なんとか無事に写ってくれていた。
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思わず「う〜ん」と言ってしまいたくなるような、無機質な感じの風景。たかが線路なのに、やっばり“味”があるのはなぜだろう。本当に線路があるだけなのに、不思議だ。綺麗なモノを綺麗に見るのは当たり前だが、何でもないようなモノ、汚いモノに魅力を感じてしまう僕は、ちょっと変わっているのかもしれない。
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